白磁、その過去へ・カスミとの出会い そして怒り
封印からのがれ、真朱とオリーブの魂の一部を奪い、老人の体から五十代くらいの肉体に若返っていた。カスミは、まだ白磁がその身を隠し、森で金をとって診療していた時に知り合った娘だった。
その頃、真朱は二十一世紀に飛び、真朱からサビの病を植え付けられた王は黒い森の診療所に入っていた。蒼い国に、流行病が蔓延していた。森の診療所はその人々を隔離するしかできなかった。それほど病人は多かったのだ。
その中で白磁は金持ちだけを選んで診療した。その命を助けることはそう難しくはない。他の生命を犠牲にすればいいのだから。
人は自分のことしか考えない。口ではそんな非道なこと、他人を犠牲にして命を救うなどということに反発したが、それが自分や自分の大切な人ならば状況が違ってくる。違法だとわめいていた奴ほど、密かに金を積んで白磁のところへ忍んできた。妻を、子供を助けてくれと。
その中に、キャンベルリバーの市長も入っていた。妻を助けるために、他の国からさらわれてきたあどけない笑顔を向けた子供の命を買った。それから市長は同罪であり、白磁の良き理解者であり、協力者でもある。
カスミには金などなかった。しかし、その妹が瀕死の状態だという。涙ながらに、妹を助けてくれと訴えた。
白磁は森から出たくなかった。まだ完全にその体が癒えてはいなかったし、王宮の能力者たちに見つかる恐れもあった。初めは、そんな金にならない妹など助ける気はなかった。だが、カスミは助けてくれたら自分はどうなってもいいと言ったし、その妹はまだ十六歳だということに興味を持った。すぐに真朱のことを思い出していた。もしも真朱をここに再現できたらという野望を抱いた。
白磁はその頃、稼げるだけ稼いで、この国の市長たちを金で丸め込み、無理やりこの国を乗っ取ろうと考えていた。それには膨大な金が必要になるだろう。どのくらいつぎ込めばいいのか、それは果てしないようにも思える。そんなことも目の前の壁となっていた。
白磁はそのカスミの妹に会ってみることにした。もし、使えるようならば、作戦をうまく立てられるかもしれない。
カスミたちの粗末な家に寝ていた娘は、真朱と背もほぼ同じくらいで、その容姿もどことなく似ている気がした。マロンという妹の方が病のため、げっそりやつれていた。
使えると思った。マロンは流行病の末期を迎えていた。このままでは誰かの魂を埋め込むほか、助ける術はない。カスミは自分の生命を使えというが、そんなことをしたら白磁は手元にこの娘しか残らないことになる。もっと他の代償が必要だった。
カスミにもう一度念を押した。
マロンの命は助ける。しかし、その者はもう元のマロンではない。別の人の魂を植え付けるからだ。しかし、マロンの体は生きている。いつかマロンの魂が回復したら、植え付けた魂を取り除き、マロンに体を返すことにしようと。
通常ならば、その体の持ち主の魂を残し、他の健康な魂を糧にする。けれど、白磁には真朱の魂を甦らせたかった。マロンの魂を仮死状態にし、真朱に仕立てるのだ。
カスミはそれを受け入れた。
白磁は真朱の魂の欠片をマロンに移した。マロンの魂はもう病との戦いに疲れ果て、生きている自覚がなかった。すんなりと真朱を受け入れた。若い体は別の生きる意欲のある魂を受け入れて、回復していった。顔は手をくわえなければならないと思っていたが、真朱自身が無意識に自分の顔に見せていた。
そしてマロンの側にいたいということで、カスミを真朱のところへ付けることにしたのだ。カスミは白磁のしもべとなった。
その時はまだ、白磁自身も真朱の魂が目覚めるのか不安でいた。時間もかかった。しかし、王妃の魂は強かった。わずかな欠片でも真朱は目覚めたのだ。
その間に白磁はキャンベルリバーへ第二の王宮を建て増しする計画をしていた。真朱が目覚めたら、王妃として世間に公表し、自分がその愛人となり、王の座に上り詰めるのだ。
そして、白磁は患者も治したが、自らも他の生気を吸い取り、自分への糧にもした。どんどん若返り、白磁から銀朱として自分の姿を世間に公表した。もう王妃は自分の手の中にある。そして王は黒い森の中で死んでいくのだ。二十一世紀に飛んだと言われる王の側近たちも行方不明になっていた。もう怖いモノはなかった。邪魔だったのは三人の守り役たちだけだが、あの者たちの手の内は知り尽くしていた。王を死なせないためにつきっきりでいるはずだった。
うまくいくはずだった。瑠璃がこの後宮に来る前まではなにも恐れるものはなかった。緑の国の女王はうるさいが、王を生かしておく間は手荒な真似はしてこないと思っている。王妃は自分の手でその命を絶つのだし、そのことに関しては他国から文句を言われる筋合いはなかった。
そう、瑠璃さえいなければ、・・・・・。白磁の毒が利かないこの娘は一体何者なのか。
「ひどいではございませぬか。妹を助けてくれるとのこと、結局は利用するだけ利用して始末をするということだったのでございますね」
カスミがものすごい形相で見ていた。初めて見た。そんなに感情をあらわにしたカスミを。
鬱陶しかった。今はカスミなどに係わっている場合ではない。
さっさと瑠璃を何とか始末し、真朱から王妃の水晶玉を奪い、その息の根をとめようと焦っていた。
瑠璃にむかって、強力な毒を吐いた。しかし、毒が遮断された。見えない何かに阻まれて、毒は飛び散り、床にしたたり落ちた。
「なんとっ」
瑠璃がシールドを張っていた。それは意外だった。瑠璃が能力者だったとは思ってもみなかったからだ。
「小癪な真似を・・・・」
瑠璃に意識をむける。そうすると今まで見えなかった物が見えた。それは眩い光を放っていた。王妃の水晶玉だった。なぜ瑠璃が持っているのか。そこには巧妙に隠された秘密があることに気づいた。
「瑠璃が、なぜ、瑠璃が王妃の水晶玉を持っているのだ」
その疑問をぶつけていた。
シールドの向こうで瑠璃が叫ぶ。
「私が二十一世紀の王妃なのっ」
白磁は自分の記憶を探る。
以前に真朱たちからその話を聞いていた。二十一世紀の王妃がサビを作ったからだと。その王妃を殺すために、真朱とその侍女が時空を跳んだのだった。
そうか。なぜか納得していた。だから、瑠璃は風変りだったのだ。この世界の人間には利く毒も利かぬ、訳の分からぬ行動もする。
「ふん、お前が王妃に穢れをもたらせた張本人か。笑わせる。真朱とその側女はお前を殺すために、わしのところへ来てその魂を売ったのだ」
愉快だった。どうやって瑠璃がこの二十三世紀へ跳んでこられたのかは知らないが、サビを作った王妃とサビを受け継ぎ、流行病をもらたせた王妃がここにいた。
「今の私は、間違いなんか、おかしていない。真朱ちゃんは、私をオリーブから助けるために来てくれたの。殺しにきたんじゃないっ」
瑠璃が強い口調で否定してきた。
笑わせる。口ではなんとでも言いつくろうことができた。綺麗ごとはもうたくさんだ。
「ではお前が真朱を返り討ちにしたのか。そして王妃の水晶玉を奪い取った、そうであろう。王妃とて俗なる人間なのだ。恥じることはない。のう、瑠璃。真朱からそれを奪いさえすれば、病床の王はお前を受け入れてくれる。王とて自分も生きたい、王妃の水晶玉があれば、助かるかもしれぬからな。王妃ならばどちらでもよいのだろう」
白磁はそう言って笑った。
「なによっ、そうじゃないって言ってるじゃない」
瑠璃がイライラして叫ぶ。瑠璃は能力者としては未熟だとわかった。
ほうら、シールドを張っている意識が薄らぐぞ。もっと挑発してやる。
「ではどちらが王と添い遂げるのだ。瑠璃か、それとも真朱か」
二人がお互いを見ていた。ギョッとしたらしい。いいぞ。
瑠璃が王妃の水晶玉を持っていた。そしてこのキャンベルリバーに隠れ住んでいた。ということは、二十一世紀へ跳んだ王の側近たちも一緒なのだろう。どうやってこの世界に戻ってきたのかはわからないが、王妃の玉を使っても王のサビは治らなかったと見える。真朱に埋め込んだちょっとした白磁の呪いは、直接王に伝わったようだ。利いているらしい。
愉快だった。王は依然として療養中。黒い森から出られない。白磁を倒すために、瑠璃がここにいるのだ。
瑠璃のシールドはそれほど強くはない。真朱を守るために反射的に張ったものだった。そんなものはすぐに毒で溶かしてやる。
シューシューと化学反応を起こすような煙とねっとりとした毒が瑠璃たちの前を流れ落ちていく。
同じところを狙えば、すぐにでも穴があく。そうだ、瑠璃の目の前で真朱を殺し、後でゆっくりと瑠璃の首を絞めるとしよう。
恐怖に慄いているカスミは瑠璃と真朱の後ろへ隠れていた。毒を避けてのことだ。
白磁の毒は、まるで溶接の火花のように瑠璃のシールドにあたり、跳ねていく。もう床には流れ出た毒の水たまりができていた。それを踏んでも効果はある。
じりじりと瑠璃が後退していた。瑠璃の心に焦りがみえる。それはそうだろう。シールドが破れたら、真朱とカスミの命はない。それほど強力な毒を放っている。そして瑠璃もその後に白磁の手で葬ってやるのだ。
そうだ、このくらい恐怖を味わえばいい。その感情は甘美だ。白磁の糧にもなる。
そもそも、瑠璃のような小娘に振り回されたことが信じられない。真朱に気を使いすぎていた。調子に乗り、白磁をコケにした真朱などもういらない。
「死ねっ、真朱、そなたはもう必要ない。瑠璃も一緒に死んでくれるぞ。嬉しかろう。そうそう、カスミもな。カスミとてマロンの体と死ねるのなら本望だろう」
ヒャハハと笑う。




