白磁・その寝室
白磁の目線で書いています。
白磁(銀朱)は汗ばんだ体をベッドに横たえた。シーツのひんやりとした感触が心地よかった。息を整え、明かりをつけた。
隣にいる白い裸体が背を向けた。眩しかったらしい。
煙草が吸いたかった。上半身を起こし、ベッドサイドに常備してある水煙管を手にする。白磁は水パイプが好きだった。すぐにコポコポと音を立て始め、その煙管を口にした。煙を一気に吸い込む。そしてそのまま煙を口に含んだまま、少しづつ煙をはいた。
至福のひと時だった。笑いがこみ上げてくる。
真朱と瑠璃に、さっきの情事の様子を送った。真朱はおそらくその女性を自分だと思い込んでいる。わざとそういう目線で見た光景を送ったのだ。
今宵、邪魔者の瑠璃は実家へ帰した。真朱の側には誰もいない。心を乱し、さっさと自害してくれたら好都合だ。もしもそうならなくてもこの後、真朱をコントロールしてそう仕向けるつもりだった。瑠璃さえいなければ、真朱など簡単にひねり殺せた。そう、あのふてぶてしい瑠璃さえ現れなければ、真朱ももう少し白磁の操り人形のまま過ごせたものを。
白磁は真朱を自害させ、このまま一気に自分が玉座へ上り詰めるつもりだった。王は病気療養中、黒い森から出られない。人質のようなものだ。
もうこの国は白磁の手の中にあった。その体制を緑の国に崩されないうちに、王の座を獲得するのだ。そして次は黄の国を攻めるつもりでいた。あそこは今、王と王妃がいない国だ。国土も広い。力で封じ込め、味方につけるうってつけの国だ。
やっと王の座が手に入る。ずっと念願だった。思えば長い道のりだった。
滅多に過去を振り向かない白磁が昔を思い出していた。
尊敬していた父が王だった。その王のために一生懸命、仕えてきた。やがて父の崩御、そして生まれ変わった王の代になった。白磁はまだ、その時まで同じような時代が来ると思っていた。
年下の、全く血縁のない子供が王となった。その少年、アッシュが王の魂を持って生まれたからだった。
確かにアッシュは父でしか知らないことを知っていたし、アッシュが父の生まれ変わりだということは頭では理解していたつもりだ。しかし、アッシュは父親ではない。それでも前世の記憶を持ってきている王は、時々白磁を自分の息子のように扱った。それは無理のないことだ。そう頭ではわかっていたが、常に違和感を感じていた。
アッシュは気も強く、活動的な王だった。人に揺さぶられることもなく、気にもしない自信家だった。
白磁はそんなアッシュにかき回され、引きずられていた。前王とは違う政権でいた。そのことにも不満を持った。
さらに白磁は疑問に思っていた。なぜ、王の嫡男が次期王とならないのだろうと。白磁には国を治められるだけの充分な能力もあった。白磁なら父のおこなっていた政権のまま、この国を治めるだろうと思った。そんな心の葛藤が常にあった。
そんな白磁がその生涯で初めて好きになったのが、アッシュの妻となった王妃ブリジアンだった。その姿を見るだけで心をときめかせたが、彼女の微笑みの先には常にアッシュがいた。そんなことも気にくわなかった。
この頃から、白磁はわずかな抵抗とばかりに、違法なやり方で病を治し、金を貯めていく。王の魂に勝つには金で人の心を買う術しかなかったからだ。いつか金の力で皆を振り向かせ、王妃も手に入れようと企んでいた。
幸い、アッシュという王は自信満々だったから、自分の忠実な部下が自分を裏切ることなど考えてもみないことだった。その自信が周りの者の心の底に眠る野心を気づかなくさせていた。
たまに白磁が王妃にまとわりつくほどの視線を送っても、王は気づかなかった。潔癖な王妃はそれを毛嫌いしていたが、それを王に訴えることもしない。それを口にするだけでも汚らわしいと思っていたから。
あの頃の王妃は明らかにワンマンの王に淋しい想いを募らせていた。その王妃にも金の力で動くかもしれないと思った。
王妃の喜びそうな贈り物をした。王妃だけの居場所として、湖のほとりにコッテージも建て、小船も用意した。そこにポニーも送った。表面上は喜んでくれたように見えた。しかし、王妃は白磁の心には好意だけでなく、ひそかな企みがあることに気づいていた。
二人きりの時、思い切ってその手に触れ、抱きしめようとした。
当時の王妃は孤独だったからだ。王がそばにいても満たされない心。白磁は自分なら、そんな王妃の淋しさを満たしてやれると思ったからだ。
触れたとたん、王妃からはものすごい嫌悪感が伝わってきた。それはすさまじい感情で、白磁でさえ、躊躇するものだった。好きで憧れていた存在から、そこまで嫌われるショックは口では言い表せない。こんなに想っているのに、大切な存在だったのにと、王妃への愛情が一変した。
かっとした白磁は、無理にでも自分のモノにしてやろうと思った。もう後には戻れないのだ。
しかし、王妃は自分の魂を守るため、近くにあったナイフで自分の喉を突いた。彼女の中には一瞬の躊躇もなかった。
迸る生暖かい王妃の血が白磁に降りかかっていた。王妃の美しく気高いその顔がゆがみ、床に倒れた。その心から読み取れたものは《ケダモノ》という罵倒。好きだった人から嫌われる、それは心が引き裂かれるような痛み。その悲劇からまだその当時、白磁が持っていた良心というものがすべて消えていった。その大惨事の場で白磁はその言葉通り、ケダモノになったのだ。
その後、王は白磁の裏切りと王妃を自害に追い込んだことを怒り、白磁は王宮を追われた。そしてその後、陰の診療と金で国を乗っ取ろうとしているのが王に知られ、危険人物として封印された。もちろん、白磁もそうやすやすと封印されたわけではない。戦い、王にも致命傷を負わせていた。
その封印の時、王妃が自害に使ったペーパーナイフに残された意識も使われた。それがあったから厳重だったのだ。さすがの白磁もそこから抜け出るのに長年を費やした。
その白磁が今、再び若い肉体を手に入れ、その権力を使い、登り詰めようとしていた。
そこまで考え、白磁は愉快そうに笑う。横に寝ている女体に視線を落とした。
あともう少しだ。もうすぐ白磁の時代がくる。
そう思い、ため息をつくように煙草の煙を吐いた。白磁はパイプを置き、ベッドに横たわった。
そんな時、ふいに誰かが部屋の中に現れた。ドアを開けて入ってきたわけではない。突然、その姿を現せたのだ。
「何者っ」
白磁が叫び、飛び起きる。
突然、現れたのは真朱と瑠璃だった。
なんと二人は能力を使い、この部屋へ瞬間移動してきたらしい。瑠璃たちはベッドの中の女性を見ていた。
「ほら、真朱ちゃん。あれは真朱ちゃんじゃないの。わざとそう見せるためにしたこと」
真朱は怯えた視線を裸の女性に向けていた。
瑠璃はその怒りの目を白磁に向けた。
「なんて奴。最低な男。姑息で卑怯でどうしょうもない奴」
白磁のベッドの中にいたのはカスミだった。カスミは顔を伏せ、さっと夜着を着こんだ。ベッドから降りて、真朱たちに一礼する。
真朱の心が、絶望から驚きに変わり、やがて落ち着いてきていた。食えない女たちだった。こうも簡単に種明かしをされてはおもしろくないではないか。またしても瑠璃のせいで台無しになった。
それにしても、と白磁は不思議に思う。瑠璃がここへ駆けつけてくるのにはまだもう少し時間がかかるかと思っていたからだ。情事の夢を見させ、すぐにその意味を知り、後宮へ駆けつけてくる間に真朱が自害をする、そういう設定だった。早すぎる。もしかすると瑠璃は夜中にここへ戻ってきていたのかもしれないと考えていた。
それに二人がここへ瞬間移動していた。今までの真朱にはそんな能力はなかった。
そうか、真朱はやっと王妃の水晶玉を手に入れたと見える。あれがなければ、瞬間移動という能力はジャンクション以外には使えない。今まで白磁は真朱がその玉を手にするのを待っていた。それを取り上げてしまえば、自分が王族に成り代われると思っていたのだ。
その玉が欲しいと思った。
白磁は猫なで声を出す。その言葉には白磁の毒が盛り込まれていた。
「真朱よ。すまない。本当は真朱のことを愛しているのだ。けれどそなたがわしを受け入れてくれるのには時間がかかるであろう。そんな時、カスミがわしを慰めてくれたのじゃ。先ほどはカスミが真朱であったらいいと思い、つい、あんなことを言ってしまった。すまぬ。けれど、それもそなたを思ってのことで・・・・」
真朱の目がトロンとなっていた。白磁の毒に酔っていた。そう、そうだ。言葉に酔え。
「そなたを・・・・・・」
真朱の心は白磁に奪われている。もう少しだった。
「この、くそじじいっ。うるさい」
その瑠璃の突然の叫びが真朱への毒を一蹴していた。
真朱はもうすぐに正気に戻り、なにが起ったのかと言わんばかりにきょとんとしていた。
白磁はギリㇼと奥歯を咬む。
なんだ、この瑠璃という女は。なぜ、こんなことができるのだ。ことごとく邪魔をする。
「すんごくムカつく。この好色じじい。超キモイ」
瑠璃は怒りをカスミにも向ける。
「カスミさんもこんなサイテー男に触れられるなんてどうかしてる。真朱ちゃんはね、あなたの姿を自分だと勘違いされたの。そのせいで、真朱ちゃんは・・・・・・もう少しで自らの命を絶とうと・・・・」
瑠璃の言葉にカスミが反応した。
「真朱さまが自分の命を?」
「そうよ、危なかったんだから」
瑠璃は再び白磁をにらみつけていた。
カスミが信じられない表情で白磁を見ていた。
「話が違う。真朱さまのお体はマロンのもの。そのお命を自ら絶とうだなんて・・・・・・。マロンまで死んでしまう」
「マロンって誰?」
瑠璃がそう聞くが、カスミは白磁に訴えていた。
「そうじゃない。私はこうすることで、妹の体を生かしてもらえるって言われたから、言うとおりにしてきた」
白磁はうるさそうにカスミをみる。今はそんなことを言っている場合ではないのだ。
しかし、さらに瑠璃が言った。
「ねえ、カスミさん。真朱ちゃんの部屋にペーパーナイフが置いてあったの。あれってカスミさんが置いたんでしょ。私があの部屋を片付けた。あの部屋を出るときはそんなもの、なかった。絶望にかられた真朱ちゃんに使わせようって魂胆でカスミさんが置いたんでしょ。それならカスミさんも同罪だよ」
カスミが宙を見つめていた。思い当たることがあったのだろう。そしてその首を振る。
「違う。あれは銀朱さまにそうしろと命令されただけ。それに何の意味があるのか私は知らなかった。まさか、それで・・・・。マロンの体なの。真朱さまの体は・・・・マロンの・・・・」
今までカスミをポーカーフェイスにしていた仮面がはがれた。次々と押し込めていた感情が飛び出してきた。
水パイプという煙草はフィルターの代りに水を利用して、長いパイプから出る煙を吸うものです。中東などで主に好まれているそうです。これにはいろいろなフレイバーがあり、パイプの種類によっては5,6人が一度に同じものを楽しむコトができるので、若者たちのパーティーにも登場するらしいです。




