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竜胆 ミーティング

潤が烏羽で、竜胆が紫黒です。

 瑠璃がお茶を注いでくれる。竜胆たちが黙っていることを不審に思っていた。

「ねえ、なに? 私に言えないことをコソコソと話しているでしょ」


 瑠璃の発言に、竜胆は潤を見た。やっぱり完全に記憶が消されてはいないんじゃないかと疑問に思う。ここでは、皆がそういう能力がないということになっているのだ。まったく、あの守り役たち、全然役に立たねえ。

 潤がまだ三人の守り役を庇う。

《いや、それは違う。瑠璃ちゃんは二十一世紀生まれだろう。あの頃の人々は、その場の雰囲気で何かをわかろうとするし、空気を読むことをする。たぶん、そういうことだよ》


 潤は瑠璃を見た。

「ごめん。瑠璃ちゃんをのけ者にしたんじゃない。ちょっとこれからのことを紫黒と話していただけ」

「えっ・・・・紫黒って?」

 突然、潤が竜胆のことを紫黒と言ったから瑠璃が困惑していた。

「おいおい、潤さん・・・・」

 烏羽が平気でそんなことを言うから、竜胆も驚いたが、すぐにその理由がわかった。

 黒い森にいるシアンの意識が漂ってきたからだ。


 すぐにその広いリビングルームが、診療所の中のシアンの病室の情景に変わった。紫黒達がそちらへ行ったわけではなく、シアンの視界と烏羽の視界がつながり、それをここに映し出してくれたということだった。


「王が、どうしても瑠璃ちゃんと話したいって言うから」


 そこにはいつもの穏やかな笑顔を浮かべるシアンがいた。久しぶりに見る姿はかなりやつれている。蒼く輝く髪の色も以前より色あせ、少し透き通っている気がする。思ったよりも衰弱していた。

 紫黒は胸が締め付けられるような思いを感じていた。

 シアンはそれを感じ取って、チラリと紫黒を見る。心配するなという意味だろう。そして瑠璃の方を向いた。


「瑠璃」

 シアンは笑顔で瑠璃に近寄った。瑠璃は目の前のシアンを、不思議なものを見るような表情でいる。記憶を操作されている瑠璃は、シアンのことを忘れている。だから、誰なのかわからないはずだ。しかし、今の瑠璃はシアンから目が離せなかった。


「瑠璃、よく頑張っているね」

 そう言って、シアンが瑠璃を抱きしめた。しかし、実態のないシアンの体は瑠璃と重なり合うが、触れることはできない。瑠璃はそれでも思い出そうと必死だった。そしてその人が誰だったのかを思い出したとき、パァンという音と共に、瑠璃の胸元で何かがはじけ飛んだ。


「あっ」

 それは、紫黒が新しく買ってきたばかりの水晶の石が破裂したのだった。床中にその破片が飛び散っている。それらの欠片は瑠璃紺に変わっていた。

「ったく、もうっ。シアンがいきなり瑠璃を抱きしめるから、瑠璃の取り戻した記憶が一気に流れて、石が抱えきれなくて吹っ飛んだぞ。買ったばかりなのに」

 その欠片を拾い上げ、いつものように紫黒が悪態をつく。


「シアン様。お会いしたかった」

 瑠璃は全てを思い出したようだ。つかみどころのないシアンに寄り添うようにしている。シアンはちらりと紫黒を見て笑みを浮かべた。

「そなたの許婚はケチだな。買ったばかりの石を壊したと怒っている」

 瑠璃も紫黒を見てくすっと笑った。

「新しく買ってくれたのを、さっきつけたばかりです」

 二人はそのまま見つめ合っていた。王と王妃になる二人。シアンの病が治れば、結ばれる二人なのだ。紫黒はそう思い、わずかに目を伏せる。


「瑠璃の記憶は、私がまた直しておく」

 シアンは瑠璃にそう言った。

「いやです。シアン様を忘れたくない。ずっと忘れていたことが信じられません」

 瑠璃が少々ヒステリックに叫んだ。そしてシアンを放さないように強く抱きしめようとするが、その手は宙を踊った。シアンの姿はすぐそこに見えるのに、触れられない。


 瑠璃はその場に座り込んでしまった。そして顔を覆う。肩が震えていた。泣いているのだ。

 シアンは子供を慰めるようにして瑠璃の肩を抱く仕草をした。

「瑠璃はよくやっている。いつもその様子を見ているよ」

 そう言ってシアンは、烏羽と紫黒の方を見た。

「今から瑠璃に私のおぼろげな記憶を残す。他国で出会い、憧れたまま別れ、未だにその思いを引きずっている。だから瑠璃は許婚の竜胆と素直に近寄れないという状況。それならいいだろう」


 烏羽もうなづく。紫黒もそれなら瑠璃がこれ以上、竜胆に感情を揺さぶられないだろうと思った。承知する。

 シアンは、泣いている瑠璃の額に手を当て、その記憶を入れ込んでいく。

 瑠璃の中に入ったシアンの記憶、紫黒にもそれが見えた。

 ぼんやりとした映像だが、瑠璃が幼い時に出会った優しい青年。シアンとは似ても似つかない顔立ちだが、瑠璃にはそれが誰なのかわかる。それを思い出すだけで、瑠璃の心が落ち着くのだ。


「紫黒、明日、瑠璃にラピスラズリの石を用意してやってくれ。小さなものでもかまわないから。今までの石以上に瑠璃の記憶を吸い込んでくれるだろう」

「わかった。そうするよ」

 シアンは別れの時がきたとばかりに瑠璃を再び抱きしめた。瑠璃の実体とシアンのシルエットが重なる。

「瑠璃、気をつけて」

「はい、シアン様もご養生なさってください」

「ん」

 シアンは瑠璃に微笑むと、烏羽と紫黒をちらりと見て、頼んだぞと託した。

 次の瞬間、いつものリビングルームになっていた。


 翌日、竜胆はシアンに言われた通りのラピスラズリの石を見つけてきた。小粒だが、色が濃い。それからの瑠璃は記憶がぶれることは少なくなくなっていた。

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