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隣の家におすそ分け

 昨日はマーケットで鶏肉を手に入れた。それで照り焼きチキンを作ったら、竜胆は上機嫌だった。まったく単純な人だと思う。

 この家の大家のフォーレストとマルーンが短粒子の米を大量に買い付けてくれた。最近はこれで毎日のように炊いている。竜胆もご飯は好きらしく、それに対しては文句を言われたことはない。


 今日はいつもパンをいただいている隣の家の紅桔梗に、野菜の混ぜご飯を持っていくつもりだった。隣といっても大きな庭の向こうには木が茂っていて、こちらからは家の様子などは見ることはできない。

 瑠璃は混ぜご飯を入れたボウルをかかえて、前庭からぐるりと回って隣へ入った。

 大きな玄関ドアは開け放たれていた。中の土間が見える。


「ごめんくださいっ」

 瑠璃は声を張り上げた。しかし、誰も出てこない。玄関ドアが開いているということは誰かが中にいるということ。この辺りの家はのんびりしている。皆、こんな調子なのだ。

「こんにちは、隣の家の者ですが・・・・・・」


「はい、なんでしょう」

 急に後ろで声がした。

 キャッと声を上げ、振りむくとそこにはかなり上背のあるがっしりした青年が立っていた。年は瑠璃と同じくらいの若者だ。瑠璃はまさか後ろに人がいるとは思っていなかったので、飛び上がらんばかりに驚いた。

「ごめんなさい。驚かせちゃったみたいだね」


「あ、私、隣に住む瑠璃と申します。紅桔梗さんに・・・・。この家の方ですか」

 変な質問だったかもしれないが、瑠璃はこの家のお内儀、紅桔梗しか面識がない。

「はい、息子のカーマインです。母ですね。今呼んできましょう」

 

 カーマインは中へ入った。二階へあがっていく。

 知らなかった。この家に息子がいたとは。何度も来ていたが、今日、初めて会った。

 中から紅桔梗が現れた。いつもの穏やかな笑みを浮かべている。瑠璃はこの優しい女性が好きだった。こちらもつい、笑みがこぼれる。

「あら、瑠璃さん」

「ごめんなさい。お忙しかったでしょうか」

「いえ、二階で片づけをしていたから気づきませんでした」

 コロコロと笑う。


 カーマインも再び顔を出した。にこにこしている。

「あ、今日はこれを作ったのでおすそ分けです。お口に合うかどうかわかりませんが、召し上がってください」

 混ぜご飯を差し出すと、紅桔梗よりも先にカーマインが手を出した。

「へ~え、どれどれ」

 早速、中を開けてみる。


「まあ、カーマイン、行儀の悪いこと」

「あ、なにやら珍しいご飯の料理ですね。うまそう。出かける前にちょっといただきます」

「カーマインッ」

 母親にたしなめられても気にしていない。カーマインは瑠璃に一礼をして中へ入っていった。

 紅桔梗はそんな息子の後ろ姿を目で追っていた。


「行儀の悪いところをお見せしてしまって・・・・、失礼いたしました。おいしそうなお料理をご馳走様です」

「いえ、あんなに立派な息子さんがいらっしゃるとは思ってみませんでした。驚きました」

「王宮の衛士をしております。いつも朝早くからでかけているのですが、今日は遅番のようです」


 奥から再びカーマインが顔を出した。

「今、いただきました。おいしかったです」

 わざわざ褒めてくれた。

「あ、また、持ってきますね」

「はい、ぜひ。お願いします」

「カーマイン、小さな子供じゃあるまいし、いい加減になさい」

 紅桔梗の叱咤がとんだ。

 瑠璃は、この様子がおかしくて笑いをこらえるのに必死だった。

「申し訳ございません。お恥ずかしい」

「いえ、おいしいって言ってくださってうれしいです」


 紅桔梗はこの地域の婦人会の理事をしている。皆に慕われて、いつも妻のお手本のように穏やかに構えていた。そんな紅桔梗が慌てたり、息子を叱ったりしている姿を見て、いつも完璧な女性だと思っていた紅桔梗がより身近に感じられた。


「ああ、瑠璃さん。うちの人がこしらえた塩豚が食べごろになっています。少しお持ちください。今切り分けますので、こちらへ。お茶でも入れましょう」

 瑠璃が遠慮しようとするが、紅桔梗はさあとばかりに半ば強引に瑠璃を中へ招き入れた。

 家の中は、瑠璃たちの家とあまり変わらない。土間があり、ダイニングルーム、台所へつながっていた。この家のダイニングルームは広かった。大きなテーブルがでんと構えていた。

「ご家族は多いんですか」


 瑠璃がテーブルを見て言ったから、紅桔梗がその言葉の意味を理解する。

「ああ、うちはつい最近までリンゴ園をしていたんです。今は他の人に経営を任せています。リンゴ園には大勢の働き手がいましたから、いつも一度に皆で食事ができるようにテーブルだけが大きいんですよ」

 紅桔梗が紅茶を入れてくれた。塩豚も切り分けてくれる。

「このまま野菜と炒めてもおいしいと思います。長持ちしますので」

 よかった。この肉があれば、毎日でも竜胆に食べさせてやれる。


 紅桔梗と他愛のない話をしていた。いつもはこんなにゆっくりと話すことはなかった。瑠璃は姉夫婦と許婚の竜胆と暮らしていることを話した。

「そうですか。王宮が完成されたら晴れて花嫁になるのですね」

「あ、はい。一応、亡くなった母が決めた許婚ですから、またその時に話し合ってから決めると思いますけど」

 そこのところは曖昧に返事をする。


 瑠璃も竜胆も、お互い兄妹のようにしている。許婚などと意識したことはなかった。しかし、姉の白藍は最近、瑠璃が家の中のことをするようになって、喜んでいた。それは瑠璃が結婚にむけての修業として受け取っているらしい。

 しかし、瑠璃にはまだ、そんな気がない。別にいつまでに結婚しろとは言われていないのだから、二人がその気になったら、ということでもいいと思う。けれど、今は王宮の工事で忙しい竜胆に事を考えて、完成したらと曖昧に話していた。


 そこへ再び、出勤前のカーマインが姿を現した。

「では母さん、行ってきます。瑠璃さん、ではまたお会いしましょう」

 それが瑠璃とカーマインの出会いだった。

 

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