第二の王宮建設
瑠璃は、烏羽の報告にイライラしている。なぜ、そんなことになってしまったのか、解せない。王が今、国民の前に出られないから、白磁たちはそれを利用している。それを野放しにしておいていいのか。
「そしてキャンベルリバーに第二の王宮を建てると宣言した」
「ここに王宮があるのに、なぜまた、そんなことを・・・・」
そうだ、この王宮があるのに。
「こっちの王宮は呪われているからだと世間に公表した。こっちに乗り込めない本当の理由は、王の守り役たちが受け入れるわけがないから。僕と紫黒はまだ二十一世紀から戻ってきていないことになっているし、その間に揺るぎない自分の地位を作り上げておこうということだってわかる」
そんなこと、許せなかった。ただでさえ、ここは寂しい。皆が新しい王宮へ移ったら、ここはどうなるのだろう。瑠璃はスミレのふさぎ込む顔を思い出していた。
「王は? 診療所にいる王は何も言わないの?」
「王も驚いていた。けど、今は何も口出しができないんだ。僕たちはこの突然現れた救世主のようなこの人が、昔、悪事を働いて封印されていた白磁だと知っている。でもね、ここでは別人になっていて、白磁は今、銀朱という。北の奥の黒い森で、ずっと能力者としての修業を積んでいた。今は蒼い国の危機だから、救うために出てきたってね」
「そんな・・・・。別人に成りすましているなんて」
そうか、銀朱が白磁だということを知っている人は数少ない。王と烏羽、紫黒、そして三人の守り役のみ。下手に探りを入れれば、今度はこっちのことが向こうに感づかれる。
瑠璃は不満だった。白磁に大きな顔をしてそんなことをさせていていいのかと思う。
「不服そうだな。一気に白磁の正体をみんなの前で暴いてやれって顔をしている」
紫黒が突いてくる。
「そりゃあ、そうよ。こんな悪い人を放っておいていいの?」
「いいか、これはこっちにもチャンスでもあるんだ。白磁を倒せば王は完治する。今まではその白磁の居所を探し出さなけりゃならなかった。けど、今はどこにいるかすぐにわかるほどの有名人になった。それを利用する手はない。そしてどこまでの能力を回復しているのか、じっくり探ってから作戦を練る。そのことは王も賛成している」
王と聞いて瑠璃はあの優しい笑顔を思い出す。一人であの診療所に隔離されているのだ。今は成す術がない。サビが進行しないようにじっとしているほかなかった。
「そこでだ。オレ達もすぐに支度をしてキャンベルリバーへ行く」
「え、あの町へ」
危険はないのだろうか。すぐさま瑠璃の不安を読み取った紫黒。
「大丈夫、今、行く方が怪しまれない。大勢が移動しているから、いいチャンスなんだ。烏羽さんとオレは王宮づくりのために働く。瑠璃はオレについてきた妻ということで行く方がいいって」
また、紫黒と夫婦ごっこ。王がそういうから仕方なく従うけど、こんなに口喧嘩の多い夫婦っているんだろうか。返って怪しまれないかと思う。
「王宮造りには大勢の人手がいる。今、国中の人が集まっているらしい。あそこは大きな街になるだろう。流行病で回復した人たちが、新しい環境を求めてどんどん移動しているんだ。人の集まるところには店、宿屋もできる、栄えるよ。あの町は。もちろん、黒い念の集まる闇の部分もできてくるはず」
ああ、なるほど。あちこちから仕事を求めて人が集まる。その中に紛れて入り込もうということなのだ。
「向こうもそういうことは計算にいれている。白磁も今、王宮からのスパイを厳重に警戒している。ジャンクションは使えない。だから、馬車で民間人としていく。僕と紫黒は自分の中から能力を消すことができる。頭の中を探られてもわからないようにできるけど、瑠璃ちゃんは無理だと思う」
「あ」
無理だろう。瑠璃は意識するなと言われれば言われるほど意識してしまう。能力なんて言うほどの物はないけど、一応、王妃としての水晶玉を持っていた。そこからばれてしまう可能性があった。
「申し訳ないけど、瑠璃ちゃんの記憶を操作させてもらうよ」
「え」
「大丈夫、すべてがうまくいったらまた思い出せるから。あの町には白磁の息のかかった使徒が大勢いる。用心にはこしたことがない」
「わかりました。そうしてください」
その方がいい。読まれるかもしれないとびくびくしていたら、皆の作戦も水の泡になってしまうから。
烏羽はほっとしていた。
「良かった。瑠璃ちゃんが嫌だって言ったらどうしようかと思った」
「仕方ありません。私、まだ能力なんて使いこなせていないし」
そこへ一人の女性が入ってくる。金色の髪を持つ美しい女性。
「瑠璃さま、お初にお目にかかります。白藍と申します。烏羽の妻にございます」
そう言って、スカートの両端をつまみ、深々とお辞儀をした。
えっ、誰の妻って言った? 烏羽さんの。
「え~」
烏羽は少し照れているようだ。
「白藍さんは王宮内で服飾の仕事をしている。王や王妃の衣装も手掛けていた。今回の旅には白藍さんも一緒に行くからね」
「あ、そうなんですか」
よかった。この優しそうな人が一緒にきてくれる。
瑠璃は自分でも気づかないほどの不安に駆られていたらしい。それが白藍の存在でふっと切れたようだった。
「僕と紫黒はこの街で便利屋をやっているパートナー、白藍さんは街の仕立て屋として働いていた。瑠璃ちゃんは白藍さんの妹ってことにする。瑠璃ちゃんは小さい時に養子に出され、他の国で育った。だから、この国の事情に詳しくないって設定」
「はい」
よく頭に叩き込んでいく。これから新しい立場で別の町へ移動するのだ。
「瑠璃さま、あちらで着替えますので」
旅のため、すべて着替えていくらしい。奥の部屋へ案内された。
「こちらのコタルディは白麻で少し肌触りがよくありませんが、ご辛抱ください。民衆は皆、これを身につけております」
クリーム色のコタルディ、確かにシルクに比べると違うが、別に違和感はない。
「このシェルコ・トゥベールは、わたくしの妹の物にございます」
それまでにこやかだった白藍の笑顔が曇る。
聞けば、白藍の妹と母親はこの流行病で亡くなったのだという。やっと最近落ち着いて仕事に復職していた。
「よくお似合いです」
白藍が声を詰まらせる。肩が震えていた。妹を思い出したのだろう。まだ亡くされて間もないのだ。
「申し訳ございません。もう十分お別れをし、乗り切ったつもりでございました。けれど・・・・」
瑠璃は白藍の細い肩を抱いた。
「泣きたいときは泣いていいと思います。大切な人たちを失われたんですから当然です」




