二十歳のディナー
瑠璃は一人、電車に揺られて外の景色を見ていた。もう瑠璃の意識からは真朱のことは消えていた。
午前と午後の講義を受けたら、今夜は帰らない。
二十歳とは、大人の一員だ。それは嬉しい事だが、なにやら重い責任も感じる。そして、未成年という重大の響きにも少し未練を感じていた。
学校では、親しい友人たちがカフェテリアで、瑠璃の誕生日を祝ってくれた。フルーツジュースで乾杯をした。こんなのもいいと思う。
そして講座も終わり、学校の物はすべて駅のロッカーへ預けた。
さあ、と意を決するように、横浜方面の電車に乗り換えた。伸弘は、その海の見えるホテルで待つという約束になっていたから。
瑠璃がホテルのロビーに入っていくと、手に真っ赤な薔薇の花束を持った伸弘が現れた。その派手な演出に皆が見ていた。
「瑠璃ちゃん。二十歳のお誕生日おめでとう」
伸弘も見違えるようなスーツ姿でいた。こんなにカッコよかったかと思う。
瑠璃はその花束を受け取った。ズシリと重い。
「二十歳だから、二十本。この後すぐに、ドライフラワーにしたらいいって花屋の店員さんが言ってた」
「あ、そうね。そうすればこの美しさがずっと保たれる」
瑠璃がそう納得した時だ。
しかし、どこからか声がした。
『いや、花は人を癒すために生まれ、きれいな花を咲かせている。人を癒して、そのまま朽ちる、それが自然の原理だ。花はそれを望んでいる』
「えっ」
瑠璃は慌てて伸弘を見た。
「ん?」
伸弘の声ではなかった。周りには誰もいない。
しかし、その声ははっきりと聞こえていた。聞いたことのない声。しかも至近距離、いや、まるで頭の中で話しかけられているみたいだった。
伸弘が怪訝そうな顔で見ている。
「あ、なんでもない」
再び歩きはじめた瑠璃の背中に、伸弘の手が回った。
そのままエレベーターに乗り込む。一緒に乗り込んできたホテルの客が、息を飲んで瑠璃の持つみごとな花束に目を向けていた。
そうか、この薔薇は瑠璃のこの日のために、精一杯咲いてくれた。それをそのまま保存しても花はもう生きてはいない。動物のハクセイのようなものなのだ。それは薔薇にとって幸せなのだろうか。
人にも美しい時期があり、それを満喫して天寿を全うする方が幸せだと思う。
瑠璃はそこまで考えて、はっとした。何を考えているんだろう。薔薇の気持ち? 花を思い出のためにその美しさを保つだけのことなのに、それが人の人生にまで発展していた。
再び、腕の中の薔薇を見た。
そう、このまま美しい姿を目に焼き付けて、今、瑠璃の腕の中にいることに感謝をしよう。朽ちていくまでその姿を見守ろうと思った。生命があるうちだけだ、植物が人を癒せるのは。
瑠璃がそう思うと、花がちょっと喜んでいる気がした。
最上階へ着いた。
フランス料理店へ来ていた。料理はあらかじめコースメニューとして伸弘が選んでくれていた。瑠璃の好き嫌いもわかっているから、すべてを任せていた。
伸弘はこの日のためにいろいろと調べたのだろう。
運ばれてくる料理をもっともらしく説明してくれる。こんなふうにしてくれる伸弘って、本当にいい人だと思う。
「もう大人だから、ワイン、いいよね」