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白磁という男

 琥珀がそれを悟る。

「まさしくそうでした。この王は強すぎました。周りの者が何を考え、何を伝えているのか理解しようとしなかった。心は読めてもそれではいけなかったのです。もう少し歩み寄り、なにが大切だったのか立ち止まることも必要でした。若葉様は心配しておられました。それでも王は、窘められても聞こうとしなかったのでございます」


 いろいろあったようだ。きっと輝かしい人生だった、しかし、その反面、つらいこともあるのが常だ。

「ですから、シアン様はエンパスに生まれてきたのです。前世では人の心が読めるのに、全くわかろうとしなかったから、今度は人の痛みや悲しみが直接伝わってくる共感能力を多大に備えてきているのです。皮肉なことですが」


 うわあ、これが前世でのやり残したことの代償なのか。すごいやり方で、無理やり学ばされているような気がするけど。前世での過ちを今に持ち越すことってこういうことなのか。

「今のシアン様が一番素敵です」

と瑠璃はつぶやく。

 紫黒がわざと大きなため息をついた。いい加減にしろという感じで。


 三人が少し下を向いている。その場の雰囲気を整えようとしているらしい。これから大変な歴史の裏を語るのだと感じた。

「いいな、ちょっと覚悟をしろよ。あまり目を見るな。わかったか」

 紫黒が偉そうに言ってきた。一体何が始まるというのだろう。そんなに深刻なことなのか。


 月の天井ドームに、前世王と談笑している中年の男性の顔が映った。

「これが白磁。二代王の息子。わたくしたちの長兄。能力は人一倍ありました。前世王と互角なくらいに。だから、前世王は白磁を総合監査役として傍に置き、慕っておりました。今の烏羽殿と同じ立場ですな」


 確かに前世王の見る目は、白磁を叔父として、そして全面的に信用している感じだ。でも、この白磁は・・・・。違うの?


「そう、はじめは白磁は忠実な王の部下でした。いつもそばにいて、助言もし、よき相談役、よき友達でもあったのでございます」


 琥珀は一呼吸する。言葉に出すことがつらそうだった。白磁は琥珀の兄なのだ。


「白磁はそのうちに疑問に思ったらしいのです。他の世界では普通、王の子供が後継者となることが多い。白磁は王の第一子でしたから、世が世なら白磁が次世代の王となるはずです。それに前世王と互角なくらいに強い能力を持っていたのも、そういう邪な心を浮き立たせた要因となったと思います。なぜ、自分は王の片腕として、陰ながら尽くさなければならないのか。なぜ、自分が王としてこの国を操っていってはいけないのか。自分ならばこの国をもっと強くできると」


 ああ、そんなことを思ってしまったんだ。瑠璃にはこの白磁が誰なのかわかった。真朱がその封印を解いてしまった、闇の守り役。シアンに刺さったサビが消えないのはこの白磁の呪いだ。


「白磁から見れば、前世王は父親の生まれ変わりで王の魂を持っているけれど、肉体は全くの他人でございます。そう考えても無理はなかったかと思います。しかし、前世王からすれば、すべての前世の記憶を持つ王でありますから、白磁は自分の子供であり、血のつながりはなくても白磁への思いは身内同様の心だったと思います。二人の間に温度差があったことは致し方のないことでございます」


「そこで白磁は、王に内緒でこっそりと行動に移すことを選びました。遠方の黒い森の中に自分を支持する手下を集めたのです。そのためには金で人を操りました。そしてその金を得るために行った行動は、とんでもない違法な医療行為でした」

「違法な医療行為?」

 瑠璃は胸騒ぎがしていた。なにか恐ろしい響きを持つ。

 紫黒が答えた。

「そう、お金をもらって病気を治すこと自体が違法な医療行為。この国では人々の病気は国の一大事として、無償で黒い森で癒してもらったり、治療してもらう権利を持つ。人々が生きることにお金をとってはいけないとされている。しかし、黒い森へ行っても治る病気と治らないものがあるんだ。その治らない病気を白磁は、治してやるから金をよこせと言った。人々も治るのならと、言われるままに金を出した。その金で、他の守り役や町長などの権限がある人物たちを丸め込んだ。それだけじゃない。白磁ってやつは、瀕死の病人も治した」

「そんなこと、できるの」

「他の健康な生命力を吸い取るんだ。だからどっちを生かすかって選択をさせられる」

 正当なやり方で治すことをしなかったらしい。


「しかし、そんなことがいつまでも前世王に秘密にしておけるはずもなく、前世王がそれを知って激怒しました。でももう遅かったのです。その頃には白磁は、この国の半分ほどの町を牛耳っておりました。自分が二代目王の息子、自分こそが王になる権利があると主張もして、国民をだましていました。国民たちには前王が、本当の王の魂を持ったものかどうかはわかりませぬ故、こうした働きかけは国民の心を揺さぶったのです。国に有益なことをしているのは自分だと主張し、町に金を与え、よりよい町づくりをしようと見せつけたのです」


 巧妙な手口だった。普通なら治らないとされる医療行為からの徴収。それも必死の人間にとってはありがたい事だったに違いない。そして、直接国民に触れ、意見を聞き、そのために金を使う白磁を見たら、誰もが白磁が王にふさわしいと思うに違いなかった。

 きっとそれとなく、前世王の悪口も言ったのだろう。王は国民の痛みがわからない、何を欲してなにを求めているのか知ろうともしないのだと。そんな王よりも自分の方がふさわしいと匂わせておけば国民が白磁になびくのは目に見えている。自分が王だったらこうするなど、人々の心の隙間をついて言えば、皆が騙されるだろう。なんて卑劣な奴。

 瑠璃は怒りを感じていた。


「当時の王が気づいた時は、王宮内にも白磁に買収された官僚たちが半数もいたそうです。そして極めつけは・・・・、白磁は最も卑劣な手を使おうとしていたのです」

 烏羽が一度、言葉を切った。

「白磁は王妃を手にかけようとしました。王妃を自分のものにしてしまえば、本当にこの国の王になれると思い込んでいたようです。もともと白磁は若葉さまにはほのかな恋心も抱いていたのでしょう。若葉さまを騙して誘い込み、月の寝殿で襲おうとしたのです」


 瑠璃の胸がズキっと痛んだ。烏羽がそれを口にする勇気もすごいが、それ以上に瑠璃の胸が痛んでいた。心の中で反応していた。

「王妃は・・・・・・自分の魂を守るために・・・・・・」

 事情を知る皆から伝わってきたものすごい悲しみ。激流のように流れこんできた。瑠璃にはわかった。何が起こったのか。


「王妃様は自分の魂がけがれないように、白磁の目の前で自分の胸をナイフで突いて果てたのでございます」


 ああ、だからこの胸が痛む。瑠璃は、ドームに映る白磁の顔を見つめ直した。

 むかむかする。なんて卑劣な奴だろう。王妃を手籠めにしてまで、その王の座を奪おうなんて。王と王妃の負った心の傷の深さを考えるとそれも胸が疼いた。


 厭らしい男、サイテーな男、そんな悪い奴、許しておけない。


「前世王はそんな白磁と戦い、その白磁を黒い森の最も磁場の高い、牢獄のような場所に封印しました。能力者にとってその磁場が高いということは、より強力になる、つまり封印も強まるということになります。殺すよりもそのまま命が尽きるまで、閉じ込めることをお選びになりました。その後、白磁の影響を受けていた国民たちも、白磁が封印されたとたん、その洗脳の近い状態から脱することができ、平和が再びよみがえったのです」


「前世王は白磁との戦いで傷を負い、その傷が元で崩御されました。息を引き取る間際まで王妃を亡くしたことと、自分が白磁の本音を嗅ぎ取ろうとしなかったことを悔いておりました」

 なんてことだろう。この若い、美しい国にそんな暗い過去があったなんて。

「瑠璃、それは過去のことなんかじゃない。まだ、その戦いは続いているんだ」

 紫黒が淡々と言った。


「白磁の封印は、王か王妃にしか解けないようになっていた。白磁は真朱さまを巧みに誘い込んで、自分の封印を解かせたんだ。しかも、真朱さまのサビは二十一世紀の王妃が悪いということを吹き込んだ。時空を超えて瑠璃を殺せば、もしかすると未来が変わるかもしれないとでも言ったんだろう。それにより、侍女は自分の魂の一部を白磁に売り、時空を飛んだ。そして、そのオリーブを止めるために真朱さまも時空を飛んだ。もちろん、その際には真朱さまもその引き換えに、自分の魂の一部を売らなければならなかった。そして、白磁は若返っている。今、闇の使いを集めて、また王の座を奪い取ろうとしている」


 瑠璃の全身が粟立った。実際の白磁を知らないのに、ものすごい嫌悪感が襲う。反応していた。そして底知れない恐怖も感じた。

 いや、そんなことを思ってしまってはいけないのだ。でも、この中の悶々としたものを吐き出さないといられない。


 白磁の顔をじっと睨む。紫黒があまり目を見るなと言っていたけど、全然怖くなんかない。瑠璃は怒りに燃えていた。

「バカ野郎、なんて卑劣な奴、許せない、こんな男。サイテー」

 考えつく限りの悪口をいう。目の前に現れたらぼこぼこにしてやるとまで考えた。

 そんな瑠璃の心が漏れていたらしく、皆が周りであっけにとられていた。紫黒も呆れていて、琥珀は笑っている。


「なんだよ、それ」

 紫黒が突っ込んできた。

「だって、頭にきたからぶっ飛ばそうと思ったの」

「なんか知らねえけどおもしれえぞ。瑠璃の心の言葉の威力、すげえ。それに反応して、この場にあった白磁の闇の雰囲気が吹っ飛んでった」

 紫黒が同意を求めるように、烏羽と琥珀を見る。

「確かに、広がっていた闇と重苦しい雰囲気が一掃されましたね。僕達がバカなんて言うと、自分に跳ね返ってくるけど、瑠璃ちゃんにはそれがないようだし。それどころか、言葉がパワーとなって飛んでいった」


「本当に瑠璃さまは頼もしいお方でございます。言霊に威力がございますし、周りからの念にお強くございます。我らに必要なお方であったと申し上げておきます。白磁と戦うために」

「え、またそんなこと。そんな恐れ多いこと」


 琥珀がサービスで見せてくれたもの。

 次に現れたのは、三歳の即位したばかりのシアン王だった。大きな目がすごくかわいい。

「わあ」

と瑠璃の中の幸せ感が広がる。もう怒りは去っていた。微塵もない。あどけないシアンの姿に瑠璃は母性愛も生まれ、その愛を注ぐ。

 次のイメージは王が十歳くらい、隣にいるよく似た顔の男の子は一つ違いの紫黒ということ。二人を見ると今の面影があった。紫黒もかわいい。二人は相当な腕白だったようだ。

 目が生き生きとしていて何かをやりたくてしょうがないという雰囲気が漂ってきた。


「王もそうだけど、紫黒くんも充分悪戯をしましたって顔だね」

 守り役たちが顔を見合わせて笑う。紫黒はしかめっ面をしている。

「はい、されましたとも。連日、わたくし共はお二人を追いかけ、叱り飛ばしておりましたからな。貴重な文献の本を山積みにして基地なるものを作ったり、王宮内でのかくれんぼは毎日の行事でございました。中庭の噴水で水浴びをしてそれを壊し、王宮内を水浸しにもなされましたなあ」

「ああ、あれは大騒ぎになった」

 紫黒も笑った。

 そんなこと。男の子ってすごい。


「でもそのたびに叱られるのはシアンだった。オレじゃなくて」

「あたりまえでございます。紫黒は本当の幼い子供。その悪戯も致し方ございませぬが、王は子供の姿をしてもその心は大人、わたくしたちよりも経験を積んだ大人なのでございます故、当然叱るとなれば王でございましょう」


「思ったよりも時間を取ってしまった。明日はあっちでいろいろ教えてもらえ」

 天井が元の空に成り代わり、青空が見えていた。

 長い映画を見ていたかのようだった。


 

ん~、結構、重い話になってきたかな?

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