三人の守り役たち
「瑠璃ちゃん、改めて紹介します。こちらがこの王宮の守り役たちです。シアン様はこの三人に育てられたと言っても過言ではありません」
烏羽の言葉に、三人が瑠璃の前に進み出た。
「長背の守り役が宍殿、その杖の如く、淡いピンク色」
宍は丁寧に頭を下げた。持っている長い杖は人の肌のような色をしている。いわば、ペールピンク(昔で言う肌色)。
「そしてこちらの中背の守り役が雄黄殿。色は黄色」
雄黄も深々とお辞儀をした。持つ杖は黄色だ。
「最後に小背の守り役。琥珀殿。色で言えば茶色」
琥珀も茶色の杖を持ち、頭を下げた。
三人が再度頭を上げて、それぞれの椅子に座った。
「見てわかる通り、この三人は三つ子の兄弟。誰が誰だかわかんねえくらい似てるだろう」
と紫黒が茶化すように言う。
「えっ」
瑠璃は三つ子という言葉に、改めてマジマジと三人を見直した。
みんなが瑠璃の反応に、肩を震わせている。笑いをこらえているのだ。三つ子と言っても、この三人は背も体格もそれぞれ違い、顔も似ていない。ただの兄弟と言われても信じられないだろう。三人はそういう反応に慣れていた。瑠璃の戸惑いを楽しむようにして、じっとこっちを見つめていた。その目は瑠璃がドギマギしてしまうくらいに強い目線だった。まるで、瑠璃の容貌、その中の心、肉、血、そして骨に至るまでが見えるかのようだった。
ちょっと恥ずかしくなり、はにかんで笑ってみた。
「三人がそんなふうにに見つめると瑠璃ちゃんが困ります。少し視線を緩めていただけませんか」
烏羽の言葉に、三人がはっとして、視線のロックを解いた。
「瑠璃ちゃんも強いね。あれだけこの三人に見つめられると通常の人は金縛りにあったように動けません」
と言われる。
ああ、そうなんだ。やっぱりそれなりに強い視線だったんだ。確かに強い視線だったが、金縛りまではいかない。その視線には悪意がないことがわかっていたから耐えられたんだと思う。
三人は、テスト完了とばかりに顔をほころばせた。まず、中背の雄黄が口を開いた。
「本当に周りからの影響を受けませぬな。それを感じていてもどこ吹く風というようにやり過ごされてしまいました」
「誠じゃ」
と小背の琥珀。
すかさず、長背の宍が言う。
「それならば、これからの解決策に名案がうかぶであろう」
長老の守り役たちは、杖を持って立ち上がった。
「では、早速入力をさせていただきます。瑠璃さま、水晶玉をここに」
長背の宍が言った。
そう唐突に言われた。そうだった。瑠璃は王妃の水晶玉を持っているんだった。
「瑠璃、水晶玉を守り役の前に出してみろ。瑠璃が自由に飛べるようにしてくれる。ジャンクションの位置とその道を入力してくれるから」
と紫黒。
夕べ、ここまで黒い森から飛んできたのだ。今度はそれを自分でできるようにしてくれるということ。
左手を守り役たちの前にかざした。瑠璃の手の平に水晶玉が現れた。最初は透き通った水晶玉が、見る見る間に瑠璃紺に変わり、輝きはじめた。
別に意識はしていなくても自分でも驚くほどに、さっと出る水晶玉。まるで旅館などで行われるマジックショーのようだった。
三人の守り役は、水晶玉に杖を向けると目を閉じた。
すぐに玉に変化が現れた。瑠璃色から透明色になる。そこにこの蒼い国の全体が移っていた。
まず、離宮に焦点が当てられ、次々と他の土地にある宮殿のような建物が映っていた。見ていると目まぐるしくその映し出された景色が変わっていた。
数えていく。やがて、十四番目で景色がとまり、元のクリアなクリスタルに戻った。
「もちろん、黒い森にも全部のジャンクションにも飛べるんだよな」
紫黒が念を押す。
「もちろんだ。もともと黒い森には引き付けるものがある。王妃様の水晶玉は簡単に察知する。」
と、小背の琥珀が答えた。
なんだか不思議な気分だった。もうこれだけで瑠璃が空間を飛べるという。
「飛びたい場所に意識をむけると、その場所が水晶玉に現れます。もうそれだけで飛べるはずでございます」
おっとりした中背の雄黄が言った。
「さあて瑠璃に見せたかったもの、この国の歴史と歴代王と王妃たちのことだ」
紫黒はそう言った。
「あのことを瑠璃に教えておけって、シアンが言ってた。その必要があると・・・・・・」
「そう、その方がいい。もしものことがあったら、すぐに行動に移せる。いざって時に説明からやってられないからね」
烏羽も言う。
皆が月の寝殿に移動した。ここは昨夜、瑠璃が到着したところだ。プラネタリウムのような場所。
その寝殿の中央に、ゆったりと座れる椅子が三つ用意されていた。それに烏羽と紫黒、瑠璃がそれぞれ座る。
さっきまで、ガラス状の天井で空が見えていたが、すっと暗くなる。琥珀がイメージを出していた。
そのドーム一面に現れる見知らぬ男の人。きれいな赤茶のような髪で顔や姿は違っていても、その目が今のシアンと同じ輝きを持っていた。その次にはピンク色の髪を持つ王妃が映った。
「初代の王、蘇芳さまと珊瑚王妃です。こちらはお二人の結婚の儀のものです。二十一世紀で過ごされた瑠璃さまの魂を受け継がれたのがこの珊瑚様でございます」
王妃を見る。不思議な感覚に襲われていた。同じ魂を持つお方なのだ。
「初代王は、この蒼い国を理想の国とするためにその生涯を費やしました。この頃から磁場の高いところに森を作り、その場を能力の源とするように計画しておりました」
すぐにそのイメージから晩年の二人の姿に変わる。
ほどよく皺があり、髪の色はそのままで、二人とも美しく年をとっていた。
「次は二代王、籐黄さまと菖蒲王妃にございます。このお二人にはお子たちがおりました」
王は少し厳しい顔をした威厳のある王だった。その横の紫色に輝く髪を持つ王妃が微笑んでいた。
子供? そうか、初代の王と王妃には子がいなかったのだ。
「これが長男の白磁」
大きく映し出された男の子。幼いながら、意志の強さが顔に現れている。画像のその子が見る見る間に成長していき、大人の姿になっていく。
白磁? どこかで聞いたことがあった。
「そして、その下の男の子たち」
無邪気に笑っている三歳くらいの男の子、三人がいた。それぞれ同じ顔。三つ子だ。
「わあ、かわいい」
と思わず口にすると、皆が反応して瑠璃を見る。
「え? なんか変な事言った?」
「三つ子だぞ、よく見ろ」
紫黒が笑って言った。
三つ子? あ、ええ? もしかして・・・・。
瑠璃は思い当たることがあり、守り役たちに視線を向けた。
「え、まじで?」
琥珀がにっこり笑う。
「はい、あの一番かわいいのがわたくしでございます」
「え~っ」
と再び、驚きの声を上げていた。
まさか、三人の守リ役が二代目王の子供たちだとは思ってもみなかった。
「子供の頃はそっくりだったんですね」
よく見るとわかる。少し背が高く、細身の子が宍。その中間の背の子供が雄黄。そして少し小さめのぽっちゃりの子が琥珀。
「わたくしたちは能力があるとわかってから、別々の黒い森に預けられ、そこで育てられたのです。だから、わたくしたちが一緒に過ごしたのは六歳まででした。その後、三十歳になるまで、お互い顔を合わせることはありませんでした。王宮へ戻ってきたとき、わたくしたちはもう王の子供ではなく、黒い森からの守り役の一人としてでございました」
「へ~え」
なんか複雑っぽい。いろいろ事情がありそうだった。王の子供って言えば、王子だし、扱われ方も他の人と違ってきてもいいはずだ。いや、それは一般論だ。別の世界では後継者として、その子供が後を継ぐ。しかし、この世界のこの国は王自身の魂が輪廻転生する。だから、王の子供でも特別扱いはされないということだ。
「そして、三代王、アッシュさま。こちらがわたくしたちの言う前世王でございます」
そこに映し出された王の姿は、そのままアイドルと言っても通じるくらい整った顔をしていた。
「わあ、かっこいい」
と言ってしまう瑠璃。
紫黒がにらみつけてくる。
「なんだ? 瑠璃は前世王の方が好みか」
「あ、いえ。そんなことは・・・・・・ない」
「よろしいのでございます、正直に思ったことを申しくださいませ。前世王をどう思われますか。もし、瑠璃様が前世王の王妃だったらいかがなされますか」
そう琥珀が言った。
そのきれいな顔を見つめる。
瑠璃がこのお方のそばにいるとしたら・・・・・・。王を思う心は今と同じだろう。でも、強そうなイメージ。あこがれの存在のようにひきつけられるけど、どこか近寄りがたい感じもする。
「王をお慕いしていますが、私がお側にいるとしたら、委縮してしまいそうに強いものを感じます」
「そうですか」
次に王妃と一緒に映った。
「王妃さま、きれいな人」
「若葉様でございます。よく尽くされておりました」
緑色の髪が美しい。
しかし、微笑みの中に、今、瑠璃が感じたものが王妃からも漂ってくることに気づく。なんとなく諦めた感情、いつも王を心配している心など。
「如何にも前世王は強かった。性格的にも能力もね。すべてにおいて自信があり、この世の中に自分のできないことはないと思っていた」
ああ、そう。そういう感じ。もしも、今の瑠璃があの王妃の立場だったら・・・・。
きっと王をすごく愛して、愛して、愛しているけれど、同じくらいの恐れもあったことだろう。




