瑠璃紺の石
真朱が瑠璃の持っているカバンに気づいた。
「どっか、出かけるの?」
目ざとい高校生。ちょっと視線をそらす。
まさか、彼氏と泊りだなんて言えない。
「あ、うん。ちょっと友達のとこへ泊るの」
真朱の顔が曇る。
「泊まるの? 瑠璃さんは今、あの家にいることが重要なんだよ」
「えっ」
瑠璃が驚く。その意味がわからない。
真朱はそれには答えず、口をつぐんだ。少しの間、黙っている。
しかし、意を決したかのように、真朱が言う。
「悪いことは言わない。今はもう少し学校との往復でいてほしい。夜は必ずあの家へ帰って、お母さんと一緒にいて、ねえお願い。そうしないと・・・・」
「え、そうしないと?」
「いえ」
真朱は言い過ぎたという顔をして、先を歩きはじめた。瑠璃は、黒髪を揺らしながら歩く真朱の背中を見つめた。
不思議な女の子だと思っていたが、今日は特に不思議で不可解なことを言う。何を知っているのか。どうして瑠璃は外泊をしてはいけないのか。
「でもね、今夜だけなの。大丈夫よ。絶対に気を付ける」
だって、今日は特別な日になるんだからという言葉を飲み込んでいた。
すると真朱もそれを悟ったかのように、笑顔で振り返った。そして差し出されるかわいい小箱。赤いリボンもかかっていた。
「じゃあ、これ」
「えっ」
「お誕生日、おめでとうございます」
あ、なんで知ってるの、と言いそうになった。もう真朱の答えはわかっていた。ずっと前から一緒にお祝いしていたとか、そう言ってたよというのに決まっていたからだ。
遠慮なく、その箱を受け取った。
せっかくの好意なのだ。
「ありがとう」
「開けてみて」
瑠璃はうなづき、小箱を開けた。
中にはブレスレットが入っていた。ラピスラズリという瑠璃紺の石が使われていた。
「わあ、かわいい」
思わず歓声を上げる。真朱の顔もほころんだ。
「瑠璃さんによく似合うと思って、一生懸命に作ったの。もう石は浄化してあるから、そのまま左手につけて」
真朱が作ったというのだ。
ラピスラズリという石とハート形の金色のビーズが、交互に連なっていた。シンプルだが、すごくきれいだ。
「これを真朱ちゃんが作ったなんて、すごい。なんでもできるんだね」
真朱は目を細める。
「うん、瑠璃さんのためだし。魔除けだからいつも着けていてね」
「本当にありがと」
そう、瑠璃の周辺では、最近、奇妙な事ばかり起っていた。
今朝の自転車もそうだが、青信号を渡っているのに、信号無視してきた車に牽かれそうになったり、舗道を歩いていたら、上から看板が落ちてきて、大けがをするところだったり、マンションの上から鉢植えが落ちてきたこともあった。
その度に、この真朱がそばに居合わせて、助けてくれた。だから、ぼうっとしていると危ないと注意されるのだった。
ラピスラズリは、魔除けだという。そういう偶然的な事故も魔除けで回避されるのだろうか。
そんなことをまた、ぼうっとしながら考えていた。
「瑠璃さん、ぼうっとしてると危ないよっ。いい? 本当に危ないんだからね」
十六歳の高校生に、そう言われた。
「わかってます、じゃあね」
そう言って瑠璃は自分の電車に乗った。