二十三世紀の黒い森 シアンを癒す
二十三世紀に飛んだ。
瑠璃は、シアンに抱きかかえられて、体がふわりと浮く感じを体験した。まるでエレベーターに乗ったかの、あんな感じ。そして気づくと全く別の場所にいた。
そこは黒い森の診療所内だった。
本物のシアンはそこの一室に寝かされていた。白いベールのような幕が上から下がっている。
十人ほどの守り役と言われる医者のような人たちに囲まれていた。皆が瑠璃のことを少し好奇な目でみていた。それは感じられたが、別に気にしない。
なんだかドキリとした。シアンの肌はやけに白く、生気が感じられなかったからだ。
「心配はいらない。仮死状態にしているからだよ」
紫黒の中のシアンが、瑠璃の心配を感じとってそう言った。
「胸から腹にかけて、強力なサビを直撃している。守り役たちが日夜、懸命に進行させまいと術をかけているが」
そこで一度、シアンが口をつぐむ。
「こうしてみると、かなり進行しているな」
その顔は、自分の体を見ているようで、どこか遠いところを見ているかのようだ。
「そうなんですか・・・・」
瑠璃が心配そうに、後ろに立っている紫黒を見た。すると瑠璃のこめかみに手を添えてくる。
シアンが見ている映像が瑠璃の頭の中に映し出された。
白いベールの下に眠るシアン。
その体は黒いモノに覆われていた。特に胸と腹は漆黒の黒だ。
瑠璃は青ざめていた。これは紫黒の足を治した、あんな簡単なサビではないということが分かった。
そして、はっとした。
シアンの体の真ん中が動いたように思えたからだ。目を凝らす。その黒いモノが蠢いていた。まるでたくさんの蛇がウジャウジャと湧き出ているかのようだ。
肌が粟立つ。
これがサビ、もっと深刻な恐ろしいモノに見える。
そんなモノを、このにわか王妃の瑠璃に治せるのか。不安にかられた。
瑠璃が固唾を飲んでいた。
そこへ背の高い、にこやかな守り役が進み出てきた。
「これはお初にお目にかかります。瑠璃さまでございますな。我らはシアン様の守り役でございます。自己紹介は後ほど。シアン様をどうかお助けください」
この世界は皆、髪の毛を切らないらしい。長いまま途中で結わえたり、そのままにしている。そして、守り役たちは皆、それぞれ色のついた杖を持っていた。まるでおとぎ話に出てくる魔法使いのようだった。
その注目を浴び、思わず体を固くした。
「あ、はい」
そう、王のサビを消すことが何よりも先決だった。緊張している場合ではない。
「瑠璃、幕の外から」
その白いベールはカプセルのようになっていて、そこからはサビは洩れてこないようになっている。守り役たちが癒しの光を注ぎ込むとドンドンその中へ入っていった。
瑠璃は皆が見守る中、手の平から、王妃の証の水晶玉を出した。
守り役たちから、おおっという声が聞こえた。
瑠璃もその玉の色に驚く。
その色は二十一世紀で見たその瑠璃紺よりも濃く、輝きを増していたからだ。
「黒い森の効果もあるし、瑠璃の力も強くなってる。あの、何ごとにも動じない守り役たちが驚いてみている。それだけ瑠璃の水晶玉の力はすごいということだよ」
シアンがそう教えてくれた。
その言葉に、さっきのサビを見て怖気づいていた瑠璃は、少し自信を取り戻していた。
瑠璃紺の光はたちまちベールの中に吸い込まれていく。活気づいたらしく、守り役たちが出す光も増していた。ベールの中は瑠璃紺一色になっていた。
中に寝ているシアンの髪も瑠璃紺に染まっていた。
瑠璃はそんな不思議を目の当たりにして、それを自分がやっていることに改めて驚いていた。
サビは王の内臓にまでまとわりついていた。そして、そのサビからは真朱が感じられ、別れの時の真朱を思い出した。心がうずく。さらにその奥にはねっとりとしたタールのような黒い物がこびりついているのがわかった。
その黒い物はなかなか消えなかった。
周りの守り役たちもざわめく。瑠璃が難儀していることがわかったから。烏羽も遠巻きに見ている紫黒、そしてその中にいるシアンも不安そうに見ていた。
ここまで来て、王を治せないなんて意味がない。瑠璃は全てを捨てて、二十三世紀で生きていくことを選んだ。王が回復しなければ、この先、どうしていいかわからない。
少々、焦り気味。守り役たちの存在もプレッシャーを感じていた。
周りも、本当に瑠璃が王のサビを消すことができるのかと懸念している様子がうかがえた。それは瑠璃に不安を与える。
真朱の時は何も考えず、癒していた。危険も迫っていたし、真朱が哀れだった。
真朱から感染したサビなのに、なぜ、シアンのサビにはこんなに頑固なものがあるのだろう。
《瑠璃、お前にはできるはずだ。チョイチョイッて治しちまえよっ》
突然、紫黒の意識が入ってきた。
瑠璃は思わずかっとして、ギロリとにらみつけた。
紫黒の中に入っているシアンがギョッとしていた。しかし、もうそこには紫黒の意識はない。
「あ、ごめんなさい」
シアンを睨んでしまったからだ。恥ずかしく思う。
紫黒は言いたいことだけをちょっと伝えて、引っ込んでしまったようだ。言うは易しだ。
気を取り直して、王の体の中にはびこっている黒いものに意識を向けた。本当にぺンキがついてしまったよう。
ペンキ、そういえば、お気に入りのカバンに白いペンキがついてしまったことがあった。ベンジンとかで取れるらしいが、外出途中ではどうしょうもなかった。その時、ちょっとしたことを思いつき、デパートのマニキュア売り場へ行った。除光液のテスターをコットンに少しもらい、ペンキの部分をこすった。するとペンキが落ちたのだ。そんな記憶があった。
この黒い物って、それに近いかもしれない。除光液でその黒い物を消すイメージをしてみた。再度、癒しの光を王の体にあてた。あの時の必死さ、これで取れなかったらまた家に帰らなければならない、しかし、そんな時間はない。お願い、これで消えて。
そう、今の瑠璃はそれで消すことができると知っていた。できる、と思うこと。さっきの紫黒の言葉が蘇ってきた。お前にはできるはずだって。
その自信が力に加わる。
黒い物がわずかに小さくなった。守り役たちがそれを察する。おおっという唸りの声を上げる。皆の表情が明るくなった。そういう輝くオーラもいただくことにする。ねっとりした部分は薄くなり、さらに小さくなっていった。
今まで用意していたエンディングを変える決心をしました。




