闇の守り役
森の奥深いところにそれはあった。うっそうと茂る木々がその岩を隠すように存在している。
その封印された大きな岩には、王と自分の痕跡が残っていた。いや、正確にいうと前世王と前の王妃の強力な力で覆われている。見た目にはただの岩にしか見えない。
真朱はそれに導かれるように手を伸ばし、近づく。
「真朱さま? いかがなされましたか」
心配そうにいうオリーブの声が随分と遠くに聞こえた。無意識のまま、その岩に触れた。
「あら、まあ。こんなところにこのように大きな岩が」
オリーブを振り返る。
「そなたには見えなかったのか」
「はい、真朱さまが手を伸ばし、何かに触れたと思ったら突然、その岩が現れたのです」
そこで真朱は自分が何をしたのか知った。
しまった! と唇を噛むがもう遅い。触れたことで封印を解いてしまったのだ。
中に閉じ込められた闇の守り役が、真朱をおびき寄せたのだとわかった。
真朱が解かなくても、もう少し年月がかかったかもしれないが、それは遅かれ早かれ、敗れていたのに違いなかった。それほど封印はもろくなっていた。
その岩の周りにはリス、鳥、鹿などの死骸が転がっていた。それらは干からびていた。オリーブがそのうちの一つを踏みつけてしまい、思わず悲鳴を上げた。
その岩の正面がぽっかりと開いた。
「お入り、迷える者たちよ」
もう後戻りはできない。このままここから逃げ去ってはもっと危険だ。封印を解いてしまったから。しかし、ここにいる闇の守り役を一人で何とか封じることができるのか。
しかし、足が勝手に動く。腰をかがめながら岩の中へ入った。オリーブはすぐ後ろをついてきた。
ごつごつした岩。その暗い奥にほのかな灯りが一つ。それを背後にして闇の守り役が座っていた。マントをかぶり、その顔や様子はよく見えない。
それでも鋭い目は光り、口元はにやりと笑っているのがわかった。そこへ入り込んできた獲物をどういたぶるか考えているかのようだ。
闇の守り役はこちらの心を読んでいた。真朱たちの目的はすべてお見通しだった。
そして真朱の中に、それを笑う感情が入り込んできていた。オリーブの命を捧げてまで、真朱を救いたいという心もわかっているはずだった。
「わしならばその者を殺す。王妃にサビを植え付けたその元凶となる娘をな」
はっとした。
闇の守り役は、すぐにでもオリーブの命を奪うのだとばかり思っていたからだ。その覚悟をしていたオリーブも目を丸くしている。わずかに安堵の色も見られた。
他に真朱の命を救う手立てがあるとは思ってもいなかったから。
「二十一世紀のその娘がサビを作る前に殺せば、今の王妃、つまり、そなたには何のサビもないはずだ。あちらの王妃はどうせ四歳で死んでいった生涯も持つ者、何の不満があろう。そうすれば、そなたはこれからも幸せに暮らしていかれるであろう」
オリーブがおずおずという。
「でも、私は二十一世紀へ行くことなどできません」
オリーブが身を乗り出し、その話に興味を持っていた。自分の命を直接、捧げなくても真朱が生きて幸せになる方法なのだ。
守り役はうれしそうだ。そんな歓喜の感情が入ってくる。
真朱は、何かあると思った。
「わしならできるぞ。わしがそなたを二十一世紀に送り込んでやろうぞ。あっちの世界で、その娘を殺すことのできる力も授けてやろうぞ」
いけない、この話には裏がある、真朱はそう感じた。しかし、既にオリーブは、暗闇の奥からこちらを見ている守り役に心を奪われていた。
「わしには王にも劣らない力があるのだよ。できないことはないのだ。知っておるか。王にはそれを下す勇気がない、しかし、わしにはある」
ヒャハハと気味の悪い笑い声が響く。この笑いには、人の心を掴んで放さない術が入っていると気づいた。しかし、真朱にはそれを取り除くことができない。心地よさも感じるからだ。
真朱は頭をブンブンと振る。だめだ。
「オリーブ、耳を貸すな。王妃殺しは重い罪になろう。そんなことをしたら、そちはもう二度とこの世界には生まれ変わっては来れぬ」
必死だった。
しかし、オリーブは聞いてはいなかった。どちらにしても切羽つまっていたのである。真朱のために自害しようが、その命を捧げようが、過去の王妃を殺して罰を受けようが同じことだった。
いけない、この場にいたら、オリーブはコントロールされてしまう。
「参るぞ」
真朱はオリーブの腕を引っ張り、無理やり立ち去る。しかし、オリーブの足はそこに釘づけになっていた。動こうとしない。真朱は少々荒く、その体を揺さぶった。
「目を覚ませっ、オリーブ。森を出る。ここに来たことは間違いだった。参るぞ」
闇の守り役はまだ気味の悪い声で笑っていた。
首ががくがくするまで揺さぶって、ようやくオリーブの目に常人の恐怖が蘇った。震え上がっている。
「さあ」
「は、はい」
真朱は急いでオリーブとその洞窟を後にした。解いてはいけない封印を解いてしまった。後悔の念に包まれた。
森の中を足早に歩く。それでもずっとあの守り役の笑い声が耳にこびりついていた。
《わしなら、その者を殺す》
早く王宮へ戻り、闇の守り役の封印を解いてしまったと告げるつもりだ。あの者はものすごい邪悪な力を蓄えていた。しかし、今はまだ、その邪悪な力だけでは動けないのだ。あの洞窟からは出られない。
今のうちだ。あの者を再び封じ込めることができるのは、王か烏羽しかいないだろう。
《わしならば、その者を殺す》
再度、闇の守り役の声が響いてくる気がした。
ずっと背後から追われているような、見られているような恐怖を感じていた。オリーブも同じ心境なのだろう。ずっと怯えた目で、肺が破れそうなくらい走っているのに足を休ませようとしなかった。ここで立ち止まれば捉えられる、そんな恐怖にかられていた。
その時、真朱は気づくべきだった。闇の守り役の言葉は、真朱の頭の中にずっとこだましていた。オリーブにも同じことが起っていたということに。
真朱たちが黒い森を出た。
夜明けだった。やっと足を止めた。
の森の中を歩く。辺りが明るくなり、少しは恐怖が薄れていた。
ふと、朝日の光の中で、オリーブの顔を見る。
真朱は驚愕した。オリーブは十歳も老けたような顔をしていた。髪も半分が白くなっていた。
真朱は、おもわず自分の顔を手で探る。まさか、自分も老けたのかと思ったのだ。しかし、オリーブが何も言わないところを見ると変わっていないようだ。
あの闇の守り役は、オリーブから生気を吸い取っていたのだ。あのわずかな合間にだ。
あの者は、初めは声もしわがれていて元気もなかった。しかし、真朱たちが洞窟を出るときはあの笑い声に力があった。もし、話を途中で打ち切らなければ、そのままオリーブの生気は全て吸われていたかもしれなかった。
あの洞窟の周りの動物たちも闇の守り役におびき寄せられ、生気を吸い取られた。あの者にとっては、真朱とオリーブは久々の大物の獲物だったのだ。




