闇の守り役
その封印された大きな岩には、王と自分の痕跡が残っていた。前世王と前の王妃の強力な力で覆われて、見た目にはただの岩にしか見えない。
真朱はなにかに導かれるように触れていた。すると、いとも簡単に封印が解けた。中に閉じ込められた闇の守り役が、真朱をおびき寄せたのだとわかった。
彼はもうすでに封印を解く術をかけていた。真朱が解かなくても、もう少し年月がかかったかもしれないが、それは遅かれ早かれ、敗れていたのに違いなかった。それほど封印はもろくなっていた。
その岩の周りにはリス、鳥、鹿などの死骸が転がっていた。それらは干からびていた。オリーブがそのうちの一つを踏みつけてしまい、思わず悲鳴を上げた。
洞窟の中のその者は、ぞっとする目で真朱たちを見ていた。そこへ入り込んできた獲物をどういたぶるか考えているかのようだ。
闇の守り役はこちらの心を読んでいた。真朱たちの目的がすべてお見通しだった。そして真朱の中に、それを笑う感情が入り込んできていた。オリーブの命を捧げてまで、真朱を救いたいという心もわかっているはずだった。
「わしならば・・・・・・その者を殺す。その元凶となる娘を殺す」
はっとした。
闇の守り役は、すぐにでもオリーブの命を奪うのだとばかり思っていたからだ。
オリーブも驚いていた。他に真朱の命を救う手立てがあるとは思ってもいなかったから。
「その娘がサビを作る前に殺せば、今の王妃、つまり、そなたには何のサビもないはずだ。あちらの王妃はどうせ四歳で死んでいった生涯も持つ者、何の不満があろうて。そうすれば、そなたはこれからも幸せに暮らしていかれるであろう」
オリーブがおずおずという。
「でも、私には二十一世紀へ行くことなどできません」
オリーブがその話に興味を持っていた。自分の命を直接、捧げなくても真朱が生きて幸せになる方法なのだ。守り役はうれしそうだ。
真朱は、何かあると思った。
「わしならできるぞ。わしがそなたを二十一世紀に送り込んでやろうぞ。あっちの世界で、その娘を殺すことのできる力も授けてやろうぞ」
いけない、この話には裏がある、真朱はそう感じた。しかし、既にオリーブは、暗闇の奥からこちらを見ている守り役に心を奪われていた。
「わしには王にも劣らない力があるのだよ。できないことはないのだ。知っておるか。王にはそれを下す勇気がない、しかし、わしにはある」
ヒャハハと気味の悪い笑い声が響く。
この笑いには、人の心を掴んで放さない術が入っていると気づいた。
「オリーブ、耳を貸すな。王妃殺しは重い罪になろう。そんなことをしたら、そちはもう二度とこの世界には生まれ変わっては来れぬ」
真朱は必死だった。
しかし、オリーブは聞いてはいなかった。どちらにしても切羽つまっていたのである。真朱のために自害しようが、その命を捧げようが、過去の王妃を殺して罰を受けようが同じことだった。
いけない、この場にいたら、オリーブはコントロールされてしまう、そう感じていた。
「参るぞ」
真朱はオリーブの腕を引っ張り、無理やり立ち去る。しかし、オリーブの足はそこに釘づけになっていた。動こうとしない。真朱は少々荒く、その体を揺さぶった。
「目を覚ませっ、オリーブ。森を出る。ここに来たことは間違いだった。参るぞ」
闇の守り役はまだ気味の悪い声で笑っていた。
首ががくがくするまで揺さぶって、ようやくオリーブの目に常人の恐怖が蘇った。震え上がっている。
「さあ」
「は、はい」
真朱は急いでオリーブとその洞窟を後にした。解いてはいけない封印を解いてしまった。後悔の念に包まれた。森の中を足早に歩く。それでもずっとあの守り役の笑い声が耳にこびりついていた。
《わしなら、その者を殺す》
早く王宮へ戻り、闇の守り役の封印を解いてしまったと告げるつもりでいた。あの者はものすごい邪悪な力を蓄えていた。しかし、今はまだ、その邪悪な力だけでは動けないのだ。あの洞窟からは出られないとわかった。今のうちだった。あの者を再び封じ込めることができるのは、王か烏羽しかいないだろう。
《わしならば、その者を殺す》
再度、闇の守り役の声が響いてくる気がした。
ずっと背後から追われているような、見られているような恐怖を感じていた。オリーブも同じ心境なのだろう。ずっと怯えた目で、肺が破れそうなくらい走っているのに足を休ませようとしなかった。ここで立ち止まれば捉えられる、そんな恐怖にかられていた。
その時、真朱は気づくべきだった。闇の守り役の言葉は、真朱の頭の中にずっとこだましていた。オリーブにも同じことが起っていたということに。
真朱たちが黒い森を出た。
夜明けだった。やっと走るのをやめていた。
普通の森の中を歩いていた。辺りが明るくなり、少しは恐怖が薄れていた。
ふと、朝日の光の中で、オリーブの顔を見る。
真朱は驚愕した。オリーブは十歳も老けたような顔をしていた。髪も半分が白くなっていた。真朱は、自分の顔を手で探る。まさか、自分も老けたのかと思ったのだ。しかし、オリーブが何も言わないところを見ると変わっていないようだ。
あの闇の守り役は、オリーブから生気を吸い取っていたのだ。あのわずかな合間にだ。
そう、あの者は、初めは声もしわがれていて元気もなかった。しかし、真朱たちが洞窟を出るときはあの笑い声に力があった。もし、話を途中で打ち切らなければ、そのままオリーブの生気は全て吸われていたかもしれなかった。
思えば、あの洞窟の周りの動物たちも闇の守り役におびき寄せられ、生気を吸い取られたのだろう。あの者にとっては、真朱とオリーブは久々の大物の獲物だったのだ。




