真朱、キャンベルリバーへ
真朱は、久しぶりに実家へ帰った。
突然、姿を現した真朱に、家の者たちは驚いていたが、大歓迎してくれた。
皆、真朱の噂を耳にしていた。王妃の証、水晶玉を手にしたということ。それで今回の月の癒しはすごかったと褒めてくれた。こうして皆が元気に健康でやっていられるのは、王と真朱のおかげだとも言われた。
真朱が水晶玉を手にしたことで、いつもの月の癒しが強くなったのは確かだった。しかし、真朱の力がなくても、シアンの発する癒しは、常に人の心の痛みも包み込む優しいものだった。これは三歳で即位したシアンの努力の結晶だと思っていた。
父や兄は、大喜びで、宴を開けとばかりに近所の者も呼び、使用人たちも交えて酒を酌み交わしていた。母や近所の女人たちもその宴の料理を作る。皆が上機嫌だった。
真朱もそれを手伝っていた。
「真朱さま、そのようなことをされてはわたくし共が叱られます」
母がそう言った。
しかし、真朱は包丁で芋の皮をむく手を止めない。昔から台所を手伝うのは好きだった。しかし、オリーブがすぐに止めに入っていた。今日はそのオリーブがいない。
「どうなされましたか」
さすが母だった。真朱に何かあったことを本能的にわかっていた。
他の皆は真朱が王妃の水晶玉を手にしたから、ここを訪れたという理由を信じていた。しかし、母だけはそこに嘘が見えていることを知っていた。しかし、これは母にも内緒にしなければならない。
真朱は無理をして、陽気な笑顔を向ける。
「お母上さま、本当に突然、ここに来たくなったのでございます。あと少しで王妃として迎えられます。そうなれば、公式な行事でしか来られないかもしれません。その前に、ただの娘として来たかったのです。その証拠にオリーブも連れて参りませんでした」
その返事に納得したようだ。母もにっこり笑った。
「そう、それならよろしいのです。一年見ないうちに、すっかり大人びて、美しくなられました。少し元気がないかと思っただけのことです」
今回の真朱のシールドは完璧だった。
もう一年前のような失敗はしない。エンパスとして皆の喜べる共感はするが、他の重い共感をシャットダウンしていた。王にその手段を習っていた。
大勢の人々の前に立つときは、まず内面から、幾重にも自分を覆っていく。そして外側のオーラも包み込み、最後に「MOTHER OF PEARL」真珠を守る殻のイメージでシールドを完成していた。そして、その人の心がわかりたかったら、その殻をそっと開けるイメージをするだけでよい。
兄はとりわけ変わった。その姿も心も見違えるようになっていた。
この一年でぐっと背も伸びたこともある。二歳違いの十八歳になった彼は、本格的にリンゴ園を手伝い、重労働も進んでやっていたから、その腕に筋肉をつけ、たくましくなっていた。皆の期待と自分への自信もついたのだろう。さらに時間をとって、剣の術も習っているという。
兄にはまったく特別な能力はない。普通の人間だった。しかし、体力と剣の技があれば、王妃の身辺を守る衛士になれるだろうと考えていることが分かった。うれしかった。その心がわかって、本当に涙がでそうになった。
真朱は、皆の屈託のない笑顔を見つめながら、そっと席を立った。
真朱は、式神代わりに自分の髪の毛を置き、自分の残像を残していた。二時間くらいは本物の真朱がそこに座っているように見えるはずだ。
皆が歌を歌い始めていた。そうなると皆の合唱は真夜中まで続く。ある程度なら残像の真朱は話しかけられても受け答えはできるが、この大合唱では誰も話しかけてはこないだろう。
真朱は王宮にも同じように自分の残像を残してきていた。こっちはもっと強力な自分を作り、頭痛がするから誰も入れるなと、オリーブでさえ、近づくなときつく言ってあった。たぶん、朝まではあのままでいてくれると思う。
そう、真朱は全てを一人でやると心に決めていた。もし、これを誰にも知られずに消し去ることができれば、何ごともなかったことにできるから。しかし、もしものことがあったら、その時はもう王宮に帰らない覚悟をしていた。
そのサビは、今はおとなしくしている。しかし、それが一生、そのままでいるかどうかは誰にもわからないのだ。時限爆弾を抱えているようなものだ。それを取り去れるか、爆発させてしまう二つの選択しかなかった。どうせこのままでは王の前には姿をあらわせないのだ。イチかバチかの行動に出ていた。
私もエンパスの気があるのかもしれません。誰かが風邪を引いたと聞くと、その時喉が痛くなります。すぐによくなりますが。




