真朱の水晶玉
シアンと真朱は、月の癒しの間に三、四回ほど夕餉を共にとるようになった。それは真朱の楽しみなひと時だった。
二人でいると、この国の王と一緒にいる気がしない。ごく普通の男性と話すような親しみやすさを覚える。
生まれた時から結婚するとわかっていた相手だったのに、今、真朱の中でやっと本物の恋が芽生えたような感覚だった。
昨夜は、新月の癒しだった。
その儀式の最中に、初めて真朱の左手から水晶玉が現れた。それは真朱の髪と同じ朱の色で、美しく輝いていた。
「それは王妃の証。月が真朱を王妃と認めたのだよ」
真朱は、自分の手の平にあるクリスタルを見つめた。
「これが、王妃の水晶玉でございますか」
話には聞いていた。王妃となれば、その能力が発揮できるクリスタルが授けられると。しかし、それは誰がそう認め、いつ、それを授けてくれるのかは教えられていなかった。
結婚の儀を迎えれば、王から授けてくれるのかもしれないと漠然と考えていた。
それがまさか、自分の手の平から出てくるとは思ってもみなかった。
シアンの持つ水晶玉は、髪の色と同じシアン色だ。月の癒しの時にその水晶玉を使う。いつもその輝きに目を奪われていた。
「そう、それが真朱の水晶玉。その名と髪も同じ色」
そう言ってシアンは、真朱の額にキスをした。
幸せだった。月に認められ、王からも褒められた。そして、あとひと月で、真朱が十六歳になる。その次の満月に、真朱は正式な蒼い国の王妃となることになっていた。
その晩は、夢見るような心地でいた。
それが翌朝、一変していた。
体調が悪いのではない。しかし、起きられなかった。心の中が、不安でいっぱいだった。
そして今宵も王から奥向きへ来ると言われていた。
「オリーブ、すまぬ。王に・・・・今宵は気分がすぐれないと、夕餉を共にすることはできないと伝えてはくれぬか」
「はっ、そのようにいたします」
オリーブはそそくさと出ていく。
本当は心配で仕方がないという感情が伝わってきていた。オリーブにとって、今の真朱は腫れ物に触る思いなのだろう。
真朱は自分の中に、なにか飛んでもないモノが潜んでいることに気づいたのだ。それを教えてくれたのは皮肉なことに、王妃の水晶玉だった。
それがなんであるかはわからない。しかし、なにかがある。
神経を集中してそれを感じようとすると、邪悪なものが見え隠れして、真朱の胃はキュッと縮み、胸までせりあがってくる。
それよりも今、王と顔を合わせたら、この得体のしれない何かを悟られてしまう気がした。いや、間違いなく、伝わるだろう。真朱がそれに気づいているからだ。王にはシールドは通用しない。このとんでもないものを見つけられてしまう、そうしたら、真朱はここにいられない、そんな気がして怖かった。
真朱は、そのまま三日間をベッドで過ごした。ベッドから出られなかった。不安材料を自分が抱えているということが、気を重くし、頭痛がしていた。
王も心配して、何度か奥向きに足を運んでくれた。しかし、真朱は会わなかった。こんな姿を見せたくない、という思いと、この得体のしれないモノを絶対に悟られたくないからだった。
寝室に入ることを許したのは、オリーブだけだった。御不浄(お手洗い)に行くのもオリーブの手を借りるようになった。歩くと体がふらふらするからだ。
オリーブも、なぜ急に真朱がこんなことになったのか、訳が分からないでいた。その心は、パニック寸前だ。そのうえ、真朱は黒い森からの守り役が診察に来てくれるという申し出さえ、拒否していた。
真朱にはわかっていた。その得体のしれないモノは、簡単には治らないと。
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赤の国で騒いでいるニュースを聞いた。
赤の国は女王が治めている。あの国も数年前に、夫となる者、王婿が王宮に入った。盛大な結婚の儀が行われたのを覚えていた。
赤の国はここ数年、干ばつが続き、苦しい時を過ごしていた。国民も飢える危機感から国を脱出する者も多いと聞いていた。そんな時に、王婿が来たことで丸く治まるはずだった。しかし、国民の心は満たされずにいた。
すぐに流行病が発生したのである。干ばつ、飢え、そして流行病。一時はその国民の半数近くが他国へ避難したという。
他の国でも、時々耳にする流行病。
長年、この世界には奇病が時々発生していた。それは人から人へ感染する。体の中から蝕み、心も病んで死に至る病気だった。しかし、早期に治療を受ければ、黒い森の守り役、王、女王からの癒しで治る。
その流行病は「サビ」と呼ばれていた。
人の持つ黒い念がたまると発生すると言われていた。だから、各国の王たちは月の癒しで、そういう邪念を吹き飛ばすように、国民に癒しの光を届けるのだった。
それが赤の国で、サビの原因となる新しい症例を発表した。赤の国の恥にもなることだが、サビは広まると、七つの国を滅ぼしかねないほどの脅威を持つ。お互いの国をできるだけ守ろうということで発表してくれたのだ。
今回の赤の国で発生したサビの病は、王婿となった夫が原因とわかった。王婿の中に入り込んでいたサビが発病したのである。
すぐさま女王が癒したが、元々サビを持ち、自分の中で発病した夫は黒い森に隔離されていたが、亡くなった。
王、王妃、女王、王婿は肉体が生まれ変わるだけで、その魂は同じものだ。
赤の国では、一代前の前世で、女王が早く亡くなり、孤独な王婿は他の女性との関係を持った。問題だったのは、女王がいなくなった時に他の女性と交渉を持ったことだ。王と王妃、女王と王婿は他の者との契りをかわすとその魂にサビの原因となる異物が生じる。それで王婿はそのサビを魂に刻んだまま、次世に持ち越したのだ。
そして、そのことを赤の女王が気づいた。嫉妬をした。その嫉妬の念が、王婿の中のサビを発病させたのだ。
王婿は発病後、すぐに隔離されたが、サビは洩れて国民にも広がってしまった。王婿が亡くなり、その原因を世の中に発表した。このような悲劇が他でも起こらないようにと。
今も赤の国の女王は、国民の流行病の癒しで休む暇もないという。蒼い国からも癒しのための守り役たちを大勢、派遣していた。
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そしてその話を聞いて、真朱は気づいた。いつか読んだ孤独な王妃の話だ。
王の生まれなかった時代に一人で生まれた瑠璃。四歳で亡くなったという話の他、別の人生では瑠璃は他の男に身を任せていると記述されていた。
もしもそちらが本当の話ならば、王妃の魂にサビがついたことになる。そして歴代の王妃もそれを持ち、ただ、王が気づかなかっただけだった。それは不幸中の幸いともいえるだろう。しかし、今の真朱はそれに気づいてしまった。エンパスである王に伝わるのは時間の問題だった。
幸せの絶頂だった真朱は、突然、背後から襲われ、足首を掴まれたような状態だった。しかし、まだ足首を掴まれただけなら、逃げる余地はあるかもしれない。
真朱は、計画をしていた。一人でその可能性にかけてみようと。誰にも知られず、やってみる。それでだめなら、王宮を出ることを決意していた。
キャンベルリバーの離宮が完成していた。そこにはジャンクションがある。王や王妃が、一瞬にして空間を飛べるステーションだ。王妃の水晶玉を使って飛ぶ術はわかっている。
今夜、それを決行することにしていた。
この話に入っている人の念や、風、雨が浄化を助けてくれること、言霊、悪口は自分に返ってくるなど私が本気で信じていることが練りこんであります。磁気の高い黒い森は、セドナとか、月の癒しも《満月、新月の願い事》がベースになっているし、守り役はヒーラーさん、そして、人は元々癒す力を持っているという「クォンタムタッチ」の技法も取り入れています。
この物語は架空でありながら、実際に今、やっている、信じていることを盛り込んでいます。エンパスの友人もいます。もちろん、《ホ・オポノポノ》も。




