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 王宮にて 不思議な書物

 司書のオーキッドが、真朱のリクエストである歴代王妃の生涯を綴った書物を、持ってきてくれた。

「真朱さま、ごゆっくりご覧ください」

 そう言って、オーキッドは薄く微笑む。そして、入り口近くの小部屋に入っていった。


 図書館には真朱しかいない。平静な空間だった。

 昨日は初代の王、蘇芳すおうとその王妃、セピアの生涯の途中まで目を通していた。今日はその続きを読もうと手に取った。

 すると、薄い書物が、床にはらりと落ちた。

 全く別の書物が紛れ込んで挟まっていたのかと思った。真朱はそれを拾って、表紙をみた。かわいらしい三、四歳の女の子があどけなく笑った写真があった。

 それも歴代王妃の生涯だった。しかも、二十一世紀の、この国が生まれたアセンション期に別の次元に生まれた孤独な王妃のものだった。普通なら王と一緒にいる写真が載せられているが、この書物だけ、幼い女の子一人だった。

 真朱は、興味を持ってその書物を開いた。


 谷川瑠璃、二十一世紀に一人で産まれた王妃の魂を持つ子だった。

 その少女は、アセンションのある時代に一人、少しだけ生きて世の中を見る、そういう設定で生まれてきたと記されていた。

 アセンション後は異次元の世界が現れ、この少女の魂はそちらへ生まれ変わることになっていた。

 そう、そこには心臓の手術を受け、わずか四歳で死に至ったと書かれていた。両親の愛を濃く受け取る目的の四年間だったとされていた。


 そう、そこまではちょっとかわいそうな王妃の魂だった。

 その写真をもう一度見た。今度はその写真が疲れ果てた中年のような女性になっていた。

 真朱ははっとした。その薄っぺらなたった四年間だけを記されていた書物が、少し厚くなっていたことに気づいたのだ。

 なぜ、そうなったのかわからなかった。それとも真朱が気づかなかったのか。

 いや、この少女は四歳で亡くなったはずだった。


 真朱は中を開いて、自分の目を疑った。そこには別の瑠璃の人生が書かれていたのだ。


 谷川瑠璃は、心臓の手術が奇跡的に成功し、生き延びていた。普通の小学生、中学、高校生活を送る。そして二十歳になった時、ボーイフレンドに夢中になり、同棲する。親の反対を押し切って、勘当されるまでその男に振り回される。その後も瑠璃は心が満たされず、会社の上司との不倫の関係になる。しかし、裏切られ、失望し、病気で死亡。三十五歳の生涯を閉じると記されていた。


 真朱はその手を震えた。

 その人生も悲惨だったが、どうしてこの瑠璃には二つの人生があるのか。なぜ、さっきはこのページに気づかなかったのか。

 真朱はオーキッドを呼んだ。


 真朱の手が痺れるような感覚を覚えた。

 

 オーキッドはすぐに表れた。

「はい、如何なされましたか。真朱さま」

 オーキッドは少しオドオドしていた。何かのお叱りを受けるのではないかと懸念していた。

「この・・・・・・王妃には、二つの生涯が書かれていた。なぜじゃ」

 少しきつめな言い方になったから、オーキッドが怯んでいた。しかし、二つの生涯が書かれているというところで、その書物に彼の注意が向いた。


「拝見させていただきます」

 オーキッドの態度から、自分はあらゆるものを既読しているから、知らないモノはない、という自信、そんなはずはない、という意識も入り込んできた。

 パラパラとめくっている。しかし、四歳で亡くなった少女のページはすぐに終わる。

 オーキッドは裏表紙までよく見ていたが、真朱の言う別の生涯などはどこにもなかった。

「真朱さま、どちらにそれが書かれていたのでしょう」

 お伺いを立てるように、そうっと言う。


 真朱もオーキッドのめくるページを見ていた。そこには三十五歳で亡くなる悲惨な生涯は書かれていなかった。真朱がその書物を再び手に取った。

 確かに読んだのだ。もちろん、最初は書かれたいなかったのかもしれない。しかし、男から男へ渡る、悲惨な瑠璃の生涯が書かれていた。瑠璃は手術では死なず、生き延びていた。王が生まれてこない、二十一世紀に一人で。

 しかし、表紙の写真も最初に見た通り、少女が笑うだけだった。


 その時は真朱も気づかなかった。

 その時に読んだ、瑠璃の別の人生、そのものがサビだということを。それを読んだ真朱の中に入り込んだことに気づかないでいた。


 その時、図書館の入口の方で声がした。

 扉の向こうで誰かが怒鳴っている。オリーブの声もした。

 司書のオーキッドは、真朱と気まずい雰囲気だったが、この場を離れられるとばかりに、ぺこりとお辞儀をしてそちらへ向かっていった。


 真朱はまだ、その書物を持って見ていた。その不思議なことに茫然としていた。


 オーキッドが扉を開ける。そして、真朱には聞かれないようにとすぐに閉めた。

 真朱は珍しくイライラしていた。

 何だろう、この違和感は。二十一世紀の一人で生涯を過ごすことになった瑠璃のことが頭から離れなかった。確かに瑠璃の別の生涯を読んだ。生き延びて、王の居ない時代を一人で過ごす、孤独な王妃の魂。

 それだけではなかった。別の何かが邪魔をしていた。抑えきれないほどの胸騒ぎがしていた。

 瑠璃の別の生涯を読んだ瞬間、何かが真朱の中に入り込んだような感覚を覚えていた。


 呪いの書物かと思ったが、そんなことがあるわけがなかった。ここ、王宮ではすべて浄化されたものしかおいてはいない。古い書物には作家の思い入れ、念などが刻み込まれていることが多い。だからそれを一つ一つ丁寧に消し去っているはずだ。だから、ここには邪悪なモノはあるはずがなかった。


 もう一度、瑠璃の書物をめくる。しかし、何度見てもあどけない少女の顔と、四歳で亡くなった生涯しか書かれていなかった。


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