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新米の王妃候補のできること

 水晶玉を持つ左手から、ヒーリングのエネルギーを取り込み、右手に移していった。瑠璃に伝わってくる痛みを我慢して、それをしばらく続けていた。

 やがて、勘でわかった。このサビよりも瑠璃が送り込むエネルギーの方が強いことを。


 ずっと右手に感じていた痺れはもうなくなっていた。見ると、紫黒の足の黒ずみももうそれほど広がってはいない。紫黒の体に染み込んでいくサビの勢いが止まっていた。

 瑠璃は、自分のヒーリングが効果をきたしていることに気をよくした。瑠璃もできることがあるのだ。今までぼうっとしていた、ただの女子大生だったのに、今は王妃候補として癒しのエネルギーを送ることもできるのだ。


 そうだ、幸せなことを考えようと思いついた。ネガティブ思考より、ポジティブの方がもっといいパワーが出るだろう。

 瑠璃は最近の幸せな気分になった出来事を思い出していた。それはやはり何と言っても王の存在だった。今までどこか冷めていた瑠璃が、一目見て心を震わせた初めての人だったから。


 青く輝く長い髪。優しく穏やかな微笑みを見せていたそのきれいな顔。シアン王は素敵だった。

 紫黒から送られてきたビジョンだけだったが、実際にお会いしたらどんな気持ちになるだろうか。そうだ、今は瑠璃が王妃候補なのだ。いつかは王から瑠璃を迎えにくる、きっとそうなる。

 そう考えていた瑠璃の心は湧き上がり、胸躍る幸せな気分にあふれていた。


 そしてここにいる紫黒。この人を何としてでも助けなければならないと思っていた。

 口は悪いが、いつも親身になり、身を張って瑠璃を助けてくれる。紫黒にも感謝と慈愛の心を向けた。そして何度も意識した深呼吸をして、ポンプの如く、愛の心を送り込んでいった。


 ふと見ると、紫黒の足に刺さっていた木の杭のようなサビが小さくなっていた。利いている、そう思った。自信がついてきた。

 そのヒーリングの氣は、シールドの外にも届いたようで、弱い邪気たちはどんどん消えていく。浄化している様子だった。オリーブの黒い渦と赤い真朱の渦も小さくなっていた。怯んでいるとわかる。遠巻きにしてみている。


 瑠璃には攻撃する術はない。瑠璃が出せるのは、こうした身を守るシールドと愛の光しかないのだ。それで相手を癒していくことしかできない。それで荒れた心を持つ者を落ち着かせ、心地よくしていく、根気のいることなのかもしれないが、瑠璃はその効果に気を良くしていた。


 その邪気の塊の渦は、攻撃をやめていた。へたに攻撃をすると、瑠璃のシールドに触れることになる。するとそこから邪悪なパワーを失うことになる。

 そうとわかって攻撃ができないでいた。それでもオリーブと真朱の渦は、そこを去ることができなかった。瑠璃のシールドの奥には、癒しがあるからだ。それに惹かれるのだろう。温かく平和な光だ。眩しいけれど、それを毛嫌いしているのにもかかわらず、惹かれている。

 しかし、突然、オリーブが我に返り、怒りを思い出した。そして、真朱の渦を引きずるようにして連れて闇へ消えていった。

 一応、危険は去ったらしい。瑠璃も安心する。


 紫黒に突き刺さっていた木の杭は、もう消えていた。しかし、どす黒い傷が生々しく残っていた。そこへ直接、右手をかざした。

 紫黒が呻いた。

 今度は、壊死を起こしていた細胞を再生させるのだ。

 黒ずんだ傷口に、元の健康に日焼けしたつややかな肌のイメージを送り込んだ。紫黒の肌の細胞が、瑠璃のイメージに錯覚し、それに近づけるように再生している。細胞が死んでいくのも苦痛を伴うが、再生するのも痛いらしい。

 しかし、紫黒も治っているとわかっている。顔をしかめながらも耐えていた。

 三十分ほどそうやっていただろうか。紫黒の足の傷は全て癒えた。傷跡もピンクになっていて、やがてその傷跡もきれいになくなっていた。


 紫黒は立ち上がれるようになる。それでもかなり体力を消耗したらしい。ふらりとよろめいて、瑠璃が慌ててその体を支えた。

 紫黒は瑠璃を抱きしめた。

「よかった。ありがとう。瑠璃。すげえ、オタク、すげえよ。あのサビに触るなんて。触るだけじゃなくて、あの刺さってたサビを直しちまった。すげえよ」

 紫黒は少しまだ、震えていた。身体的ショックもあるのだろう。


 いつも生意気で、喧嘩腰の口をきくのに、瑠璃に逃げろって言ってたけど、本当は怖かったんだと感じた。置いていかないでくれと、心の中で叫んでいた跡が見えた。強がっていても、所詮二十歳の若者だった。


 瑠璃たちは少しの間、見つめ合った。

 どちらともなく、顔を寄せ合い、くちびるを触れ合わせた。それは恋人同士のキスとはかけ離れていて、中学生の触れあいだけのキス。お互いの感謝の意を表した、そんな感じだった。しかし、それだけで紫黒の心が癒されていくのがわかった。


「ねえ、私ってすごくない?」

 照れ隠しに言う。

「・・・・まあな。他のものに動じない強さがある。感じにくいって、すげえよ。きっとオタクなら・・・・」

「ん?」


「王を治せる。そして国中の人々を癒してやれる」

「私が?」

「うん。だって、オレのサビ、消したんだぞ。サビに直接触って、それを消したんだ。それだけの強力な癒しの能力と王の受け入れるエンパスの能力、そしてそれを国民に送り込む力。それらがあれば国は立ち直れる」

「ほんと? 私にできるのかな」

「うん。瑠璃ならできる」


 紫黒と瑠璃は、砂浜の船の陰に入り、横たわった。ものすごく眠い。

「瑠璃、疲れたろう。寝ろ。もうオレは大丈夫だから。見張ってる」

「うん、ありがと」

 瑠璃が横たわるとすぐにものすごい睡魔が襲っていた。それだけ強いものを出していたのだろう。体力を使っていたようだ。怖かったし、緊張もしていた。すぐに寝入っていた。



 朝日を浴びていた。

 くすっと笑う声に目覚めた。目を開けるとそこに見覚えのある烏羽の顔があった。紫黒はすぐ横で、寄り添うようにして寝ていた。

 あっと思う。見張ってるから安心して眠れって言ったのに。紫黒が眠くなったのなら、瑠璃を起こしてくれないと、また邪悪なモノに襲われたらどうするんだろう。


 瑠璃が、気持ちよさそうに寝ている紫黒を見て、大きなため息をついた。それで紫黒も目覚めた。起きている瑠璃といつの間にか戻ってきている烏羽を見て、慌てて飛び起きる。

「やべっ寝てた」

 ペロリと舌を出した紫黒だった。


 烏羽は、戦って難を乗り越えた瑠璃たちを温かい目で見ていた。

「夕べは大変だったね。それに王が・・・・こっちのこと、全部見てた。真朱さまが瑠璃ちゃんに王妃のクリスタルを渡したって事も知ってた」


「そんなことまでわかるの? 時空を超えて、遥か遠い二十三世紀にいるのに」

「王には、こっちの様子、瑠璃ちゃんがクリスタルを手にした時から、まるで映像を見るように見えてたらしい。瑠璃ちゃんが慈愛のエネルギーを向けて癒していくって、嬉しそうにしてたし」


「烏羽さん、その危ない状況をわかってたら、すぐに助けにきてよ、もう」

「うん、そうしようと思ったけど、王がね、大丈夫だって言うんだ。きっと瑠璃ちゃんがうまくやるからって」

「王が・・・・、オレのサビの刺さったあんな姿を見ていたのか」


「王はわかってたんだ。でも、瑠璃ちゃんがどうやって助けるかまではわからなかったらしくて、王も緊張して見ていたな。もしもの時はボクがすぐに飛ぶつもりだったけど」

「あんときはさ、本当にもうだめだって思った」

 紫黒は烏羽に、皮肉っぽく言う。

 烏羽は、紫黒の肩をポンと叩いた。

「一応言っとく。王も平気で見ていたわけじゃない。かなり顔が強張ってたよ。あんな深刻な表情の王を見たのは初めてだ」

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