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王妃の水晶玉

 瑠璃たちは階段を転がり落ちていた。きっと周りの人にはその姿は見えてはいない。しかし、本能的に皆がその場を退いていた。


 重力に糸を引かれるかのように転げ落ちる。

 瑠璃は、固いコンクリートが迫っているのが見えた。頭から激突するっと思い、思わず目を閉じた。

 次の瞬間、二人の動きが止まった。ハッとして目をあけてみると、瑠璃たちは温かい光に包まれて、そっと下へ降ろされていた。


 瑠璃はその温かい光の存在を知っていた。自分と共鳴しているのだ。

 その時の瑠璃の全身からも同じ光が出ていた。紫黒も一緒に包んでいた。

 気配のする方を見上げると、階段の上に真っ赤な髪をした真朱がいた。そう、あのかわいらしい高校生姿の真朱だった。瑠璃が無事だったとわかり、安堵の笑みが浮かぶ。

 真朱が助けてくれた。真朱と瑠璃が放つ、その光は一緒になっていた。真朱は、瑠璃にどうすれば守りの力が出せるかを見せてくれたのだ。


「真朱ちゃん、助けてくれたのね。どうもありがとう」

《瑠璃さん、私達は同じ魂なの。瑠璃さんにもできるのよ。思い出して》

 瑠璃の顔がほころぶ。


 しかし、それもつかの間だった。

 真朱の顔がすぐさま変化した。急に髪も顔も赤く腫れ上がったようになり、今までの真朱とは、似ても似つかない恐ろしい顔になっていた。


 そして、別人となった真朱が、今度はオリーブの黒い渦と一緒に攻撃してきた。心を邪悪なモノに支配されてしまったのだろう。

 瑠璃は動じない。すぐに真朱がやって見せてくれたように、癒しの光と共にシールドをした。

「すげえ」

 紫黒がつぶやいた。

 完璧なシールドだったから、思わず出たのだろう。


 その光は邪悪なモノ、地を這っていた邪気も消していった。黒い渦と真朱の赤い渦も消えていた。

「王妃の出せる慈愛の光だ。これでなんでも浄化させてしまう」


「ねえ、真朱ちゃんが助けてくれたんだよ」

とぽつりと言った。

「わかってる。真朱さまがオレ達を助けてくれた。そして瑠璃にどうすればいいのかも教えてくれた。けど、・・・・あれが真朱さまの残っていた力だった。もうたぶん、真朱さまの心はそれほど残ってはいないと思う」


 瑠璃たちは、駅前の広場を抜けて、海へ向かっていた。

 さっきまで星が見えていた空に、黒い雲が広がって、たちまちのうちに、ものすごい雨が降ってきた。

 海の風と塩分を含んだ雨だった。瑠璃たちの様子を遠巻きからうかがっていた黒い渦はどこかへ消えていた。


《助かったの?》

《一応な。今んとこは大丈夫だ。でもまた来るぞ。油断すんなよ》

《うん》


 瑠璃たちはシールドを解いて、雨の中を歩く。敢えて濡れていくのだ。浄化してくれる雨なのだ、嫌ってはいけない。冷たい雨に濡れるのが心地よかった。


 真朱は瑠璃のために、瑠璃を守るために、自分を犠牲にした。同じ魂だとしても瑠璃にそんなこと、できるだろうかと考えていた。それはとても勇気のあることだと思う。真朱はそれを瑠璃に見せてくれたのだ。


《私たちは同じ魂》


 そう聞こえた。あの時、真朱の意識があった。でもすぐに消えた。

 そう思っていると、その瑠璃の左手の中に、丸い水晶玉が現れた。それは真朱から受け継いだクリスタルだとわかった。それは赤い光を放っていたからだ。


「この雨もオタクが降らせてる。潮風と海の力を持った浄化の雨」

「えっそうなの?」

「うん、とりあえず浄化として降らせてる。時間稼ぎだろうけど、この雨のおかげで、あいつらどっかヘ行ったし」


「真朱ちゃんがそうしろって、教えてくれたんだと思う」

「うん、でももう、真朱さまの心は消えたな」


 涙が出てきた。

 でも、幸い、誰にも悟られない。瑠璃の顔は雨で濡れていた。

 紫黒は気づいていたようだが、見て見ぬふりをしてくれていた。瑠璃は思い切り、涙を流しながら歩いていた。それをぬぐおうともせず、流れるままにしていた。手の中の水晶玉から真朱の意識が伝わってくる。


 国を治める宿命を持った王とその王妃だけが持つクリスタルを、真朱が瑠璃に託した。その意味は、瑠璃に王妃になれと言っているのだ。瑠璃が、二十三世紀の王妃として、王を助けろという意味だった。そしてさらに、二十一世紀で一人、死す王妃の魂の役は、真朱が成り代わって、引き受けると言ってきた。

 そのメッセージが、真朱の水晶玉から伝えられた。


 また、涙が出る。

 紫黒がまだ泣くのかとため息をついた。


 もうクリスタルからは、真朱の意識が消えていた。それを見ると、さっきまで赤く光っていたのに、今は無色でクリアになっている。


 紫黒が、瑠璃の手の平のクリスタルを見た。息を飲んで言った。

「それは、王妃の持つ・・・・水晶玉」

 紫黒は、はっとしていた。改めて瑠璃を見つめる。全てを悟ったようだった。


「じゃあ、瑠璃が王妃になるのか。真朱さまの代わりに」

 その言葉にはかなりの重みがあった。


「うん、真朱ちゃんが私にくれたの。さっき、階段のところで癒しの光を一緒に出したときに。真朱ちゃんの心がたくさん入ってた」

 瑠璃はもう一度、クリスタルを握り締めると、もうクリスタルは手の中から消えていた。


「そうか、瑠璃が王妃になるのか。二十三世紀から王が、瑠璃をむかえに来ることができたらいいけど。でも、今、森から出たらサビがすぐに進行する。今のままじゃ、瑠璃はあっちに飛べないし」

「あ・・・・どうするの?」

「わからねえ。瑠璃が王妃の力を覚醒しなきゃ、時空は飛べないんだ。烏羽さんやオレは、あっちに自分の意識の一部を残してあるから、それを軸に行ったり来たりできるんだけど」


 どうしていいのか瑠璃にもわからかった。どうしようもない不安に押しつぶされそうになる。せっかく真朱にもらった王妃のクリスタルがあっても、瑠璃自身が目覚めないと意味がないらしい。王妃にはなれないのかもしれなかった。


適度な雨、風は、人や街を浄化してくれると思っています。

あちこちに溜まっていた念をきれいに洗い流してくれるし、邪気も吹き飛ばしてくれているんだなと。

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