二十一世紀の女子大生 小さな嘘
瑠璃は、小さな旅行用のカバンに、外出用の化粧ポーチを入れた。
普段使っているフェイスクリームを小さな詰め替え用に移し替え、試供品の洗顔フォームも入っている。着替えも皺にならないように注意して入れた。
まあ、忘れ物があったとしても困ることはない。たった一夜のことなのだ。
カバンのジッパーを閉める。その時、誰かが二階への階段を上がってくる足音がした。きっと母だ。
別にやましいわけではない。ただ、その泊まるということにはわずかな嘘があるから、それを見られないように気を引き締めた。
案の定、その足音がドアの前で止まった。すぐにノックされる。
「瑠璃、起きてる?」
抑えた声だった。寝ているかもしれないと思ったのだろう。時々電気をつけっぱなしで寝ていることがあるから。
「うん、起きてるよ」
時計を見ると、もう夜中の十二時に近かった。
「はいるよ」
という声と同時にドアが開く。
「ハーブティ、入れたの」
「あ、ありがと」
母はカモミール系の香りのするお茶を持ってきてくれた。そして、ちらりとベッドの陰に押しやったはずのカバンに目を向けていた。
「せっかくの誕生日なのに、外泊だなんて」
ため息交じりのその声には、ちょっとした非難も含まれていた。
そう、明日は瑠璃の二十歳の誕生日だった。
「うん。でもさ、ちょうど休み前だし、美紀たちが集まってお祝いしてくれるっていうの。だから、ねっ」
母は仕方がないという表情で言った。
「そうね、家族ではまた日を改めて、どこかへ食事に行きましょうか」
うん、とこもった返事をして、お茶に口をつけた。
その、美紀たちと誕生日の一夜を過ごすということが嘘だった。実際にはそういう企画もあった。けれど、それをキャンセルさせる誘いがあったのだ。
時計が十二時になった。真夜中、十月一日になったばかり。それと同時に、ベッドの上に放りっぱなしの携帯から、着信を知らせる音がなる。
飛びつくようにして携帯を手にした。
《お誕生日おめでとう。二十歳だね。今日が瑠璃にとって、素晴らしい大人への第一歩でありますように》
それを読んで、おもわず顔がほころぶ。
そんな瑠璃を見た母が、お邪魔しました、とばかりに部屋を出て行った。
「あ、ありがとね」
慌てて去りゆく母の背中にそう声をかけた。
谷川瑠璃、たった今、二十歳になった。光和大学に通っている。
容姿はまあまあだと思う。
ごく普通の女子大生だ。皆が大好きな物に注意を向け、流行の物に関心をよせる。少し周りに流されている傾向があるが、他のみんなもそんな感じだ。それでいいと思う。ちょっと変わった個性を貫くことは、勇気もいるし、目立ち過ぎた。
瑠璃はそんな周りに溶け込んで暮らすことを知らず知らずにやっていた。まるでなにかから隠れるかのように。