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さて、これから

《なに、考えてんのよ。いきなりキスなんかして》

 紫黒は少し面倒くさそうな顔を向けた。

《仕方ねえだろう。あいつ、ものすごく頑固でさ。頑なに記憶を変えさせないように頑張ってたんだから》


《当り前よ。誰もそんなことしてもらいたくないに決まってるでしょ》

《じゃあさ、どうすればよかったんだ。あいつ、まだまだしつこく瑠璃のことを誘うつもりだったぞ。今度はもっと遠くへ誘い込んで、たとえ、緊急の電話がかかってきても帰ることができないようにしてやるって。そしてすることはしてしまえって思ってた、やな野郎》


 瑠璃は言葉に詰まってしまった。それは瑠璃も見た。

 ちらりと覗いた伸弘の心。プチプチ、メリメりと記憶が変えられていくとき、北海道か九州か、いや、沖縄まで行けば急に帰れないという意識のブロックが押しつぶされていた。紫黒をキッと睨む。


《ねえ、じゃあさ、あなたってこのまま私を見張ってて、近づいてくる男の人の邪魔すんの?ねえ、いつまで?》

 紫黒の顔がぎょっとなった。瑠璃は待ったが、なかなか返事の思考が入ってこない。


《それはいい質問だ》

 少しの間をおいて、紫黒がそうつぶやいてきた。

《なんだ、考えてないの。じゃ烏羽くんと紫黒君って二人して、とりあえず私の初体験を邪魔することしか考えてこなかったんだ》


 半ばあきれ顔で見てやった。さすがの紫黒もむっとしていた。

《オタクの未来を見てみないとわかんねえよ。これから瑠璃をどうするかなんてさ。一応、吉高との縁は切った。これからの未来、何がどうなるかはオレ達にもわかんねえ》

《フーン、そんなもんなんだ。未来って》

 少し馬鹿にした感情を送ると、紫黒がまたむっとしていた。


《まあまあ、二人とも》

 烏羽だった。今、未来から戻ってきたのだ。

「ねえ、変に思われるから、ある程度は声に出して会話した方がいい。黙って二人で喧嘩している姿って変だよ。ボクには面白かったけど」


「烏羽さん、笑いごとじゃねえ」

 紫黒は烏羽にも不満そうな顔を向ける。

「確かにボク達は、いつまでここにいて瑠璃ちゃんを守ればいいかわからない。でも今、ここに瑠璃ちゃんの命を狙っている者がいる。それを阻止して、解決しないと帰れない。そうだろ」

 烏羽は温厚そうな笑みを見せた。


「で、サビは? ここからの王妃のサビは」

 紫黒は結果報告を知りたがっていた。

「消えてた。瑠璃ちゃんから後の王妃からはサビは見つかっていない」

「じゃあ・・・・真朱ちゃんも」

と少し期待交じりで瑠璃が口ごもった。烏羽は視線を落とし、首を振った。


「真朱さまはだめだった。発病していたし、魂の一部を売っていたから、それはもう変えられない」

 私は落胆した。

 涙が出そうになる。紫黒が地面の石をける。

「くっそーっ。オレ達が王妃の発病前にここへ来ることができたらよかったのに」


「紫黒、それは無理だ。王でさえ、王妃の中のサビの存在に気づかないでいた。コトが起らなきゃ誰にも気づかれなかったんだ」

 未来ってそんなに簡単に変えられないんだと思った。

「過去へ行って、いろいろ操作すれば簡単に未来が変わるって思ってた」

とつぶやいた。


「そう簡単に変えられたら、誰も時空を飛ぶことなんてできない。やっちゃいけないことになるから。起りうることは絶対に起ってしまう、そういうルールがあるんだよ」

と烏羽が一度言葉を切って、続ける。


「たとえば、ここで財布を盗られて大金を奪われた人がいるとする。そのことを知って過去に戻り、ここを通らなきゃ財布を奪われないで済むって思うだろう」

 単純に、うんとうなづく。


「でもね、その日はそれで何事もなく終わるけど後日になって、その人は違う形で同じ金額のお金を失うことになるんだ。財布を落とすとか、家族が急に借金してその返済に充てなければならないとか、株につぎ込んで失うとかね。形はどうであれ、結果は同じになる。それがその人に必要な出来事ならね」

「必要な出来事?そんなことってあるの?」

 嫌な事、危ない事、困ることを事前に知っておけば全部回避できると思っていた。


「うん、それが必要だということはね、その人は大金をなくして初めて何かに気づくんだよ。家族の愛とか、周りの友人の助けに友情を改めて感じるとか、協力してくれる思わぬ人、恋人の心とかね。それはその人がそれに気づくまで、違った形で次々とあらわれてくる。そのことを学ぶために。早く気づかないと、次はお金を失うんじゃなくて、もっと大切なものを失ってしまうかもしれないんだ」


 ひえ~。それは結構深刻なことだ。わかったような、わからないような。

 結局は、過去を見て、別の道を進んでいるようでも同じ方向を歩いているってことなのだろう。

「じゃあ、本当に未来って、そう簡単に変えられないんだ」

「そういうこと」


 それなら、瑠璃はどうすればいいのだろう。

 幼い時、死ぬはずだった瑠璃が生きている。そのせいで、多大な迷惑をかけた。瑠璃こそ、あの時に死んだ方がよかったんじゃないかって思う。なぜ、それが変わってしまったのか。なぜ、その未来は変わったのか。生き延びてしまったんだろう。

 瑠璃は自分がこのまま生きていていいのかどうか、わからなくなっていた。


「よせ、オタク、変な事を考えてるだろう。私が死んだらとか考えていると、そういう念を嗅ぎつけて、同じようなモノが吸い寄せられてくる。オタク、ただでさえ何か邪悪なものに狙われてるんだ。そういうモノたちがそいつに味方し始めたら、オレ達の手に負えなくなるぞ」

と、紫黒が必死に言った。

 烏羽も心配そうにしていた。

「そう、深呼吸して」

 烏羽に言われるまま、深呼吸をした。少し落ち着いたような気がした。


「そういうものはね、本当は自然がきれいにしてくれるんだ。雨も風も、浄化してくれる自然の産物だ。みんなは嫌がるけど、それは人間の都合から見ているから。髪が乱れるとか、濡れるからとかね。自然は、それが必要だからおこなっているだけなのに。さっきの深呼吸はね、自分の体に息を引き込んで、外へ出すだろう。自分の体に風を起こしてるんだよ。そうやって、自分の中の邪まなものを吐き出しているって言うか、浄化してるんだ」


 烏羽にそう言われるとなるほどと思った。

 紫黒も結構、思いつめた顔で言う。

「瑠璃はさ、必要だから生き延びてるんだと思う。始めはきっと自分の決めた宿命に沿って、この世を去るつもりだった。けど、その生死をさまよった時、未来を見たんじゃないかな。それが二十三世紀で、その時代に何かが起る、それでここに残り、敢えてサビを作ったのかもしれない」


 瑠璃が? わざわざ大変なことになることを知って、自分の未来の魂の多大な被害をわかっていて? この瑠璃にそんな大それたことをする勇気があるのだろうか。


 烏羽は感心したように言った。

「うん、王もそう言ってた。二十三世紀に何かとてつもないことが起る。それを予測した瑠璃ちゃんの魂は、そのまま生き残ることを決意した。そしてサビを残した。二十三世紀につながりを持つためにね。蒼の国の流行り病や王が倒れて動けない状態は必然的に起ってるってさ」

「ってことは、これをバネにしていい変化になるってことか?」

と紫黒。

「そう願いたいけどね」


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