命を狙われる理由
「能力が高ければ、王宮に勤めることもできるし、烏羽さんみたいに黒い森の仕事がもらえる。烏羽さんは国全体の総合職をしているから。警察とか国土建設、農林水産、教育、保健とかすべてを管理している」
「若干二十九歳で、そんな役を務めているんだ」
感心して言った。
「年齢は関係ない。能力がどれだけ強いかだ」
「へ~え」
そして、瑠璃の頭の中に、長い青い髪を持ったすごく優しそうな目を持つ素敵な男の人が浮かんだ。
「これがシアン王だ。普段は茶色の髪をしているけど、能力を使うとこういう名前の通りの色になる」
瑠璃の心が震えた。これが王なのだ。
初めて見る顔なのに、ずっと好きだった人と再会するような嬉しさとドキドキを感じていた。
これが恋をするということなのかと実感した。
そして、次の風景はのどかなリンゴ園。そこにいるかわいらしい少女。目がこぼれそうなくらい大きくて、静かな笑顔をもつ。真っ赤な髪の少女。
瑠璃は知っていた、その少女を。
「これが二十三世紀の王妃、真朱様だ」
あ・・・・・・、真朱が二十三世紀の王妃・・・・ってことは、瑠璃の生まれ変わった同じ魂を持つ人。
「王は、王妃が生まれる時も場所もわかっている。だから、真朱さまが生まれるとすぐに王宮から侍女が派遣され、つきっきりで王妃教育をした。王妃は両親の元で、その日がくるまで家族の中で暮らすことができる。そして十五歳になると王宮に上がり、本格的な王妃教育を受ける。十六歳の誕生日を迎えた次の満月に、魂の契約をする。つまり、結婚の儀だな。それで正式な王妃として認められるんだ」
「へ~え」
複雑な思いだった。あの王と真朱が・・・結ばれる運命にあったのだ。
真朱とは同じ魂をもっていても、瑠璃とはずいぶんタイプが違う。全く別人だった。
「魂は同じでも、王たちは違う肉体を持って生まれてくる。外見や性格、考え方は両親や周りの環境、時代によって異なるんだ。でも、本質的には同じ」
「で? なんで真朱ちゃんがこの世界にいるの? なぜ、私に近づいてきたの?近所の高校生だって言って」
「オレ達にもわかんねえ。なぜ王妃がここに来たのか。しかも瑠璃の近くにいるってことが謎だ。それに誰かがサビの原因を作った瑠璃を狙っている」
嫌な予感がする。考えたくないこと。
「あ、まさか、あの真朱ちゃんが私を?」
「わからない」
と、烏羽が言った。
「そんなことないよ。今日だってこんなすごいブレスレットくれたし、いつも気を付けてって言ってくれてるし、危ないところを助けてくれたし」
そう思いたかった。あの真朱が狙ってくるなんて考えたくない。しかし、紫黒が言う。
「でもいいかえれば、王妃がいつも瑠璃の危ないところにいたってことだ」
「あ・・・・」
「いや、オレ達も真朱さまがそんなことをするわけないと思っている。実は真朱さまの侍女だった女も姿を消しているんだ。黒い森から無断で時空を飛んでいる。そう記録されているから」
「真朱ちゃんの侍女が時空を超えるって・・・・・・」
烏羽はうなづいた。
「王妃は、結婚の儀の後ならそういう時空を超える能力を持てる。でも、真朱さまはまだその前だったからできないはずだ。だから、黒い森の闇の力を借りて密かに時空を飛んだ」
ってことは、やはり、サビの原因を作った瑠璃が目的なのだろうか。瑠璃を殺せば、真朱ちゃんは元のきれいな体に戻れるってこと、そうなの?
いつも向けてくれるあの笑顔を思いだしていた。かわいらしい真朱。そんなことを考えていたなんて、絶対に思えない。
「ちょっと待って。ねえ、今の私ってまだ何もしてないんだよ。処女ってこと。歴史、変わったんじゃないの? サビのない王妃になってるんじゃない?」
烏羽は苦い表情を浮かべる。
「ん~。それは何とも言えない。王妃のサビが発病してなきゃ大丈夫だったと思うけど、発病して国に蔓延してしまった。しかも、闇の守り役の眠りを醒まし、魂の一部を売ってしまった王妃は、たぶん元には戻れないと思う」
「魂の一部を売ったって・・・・」
その言葉の意味は分からないが、響きがやけに恐ろしかった。
「闇の守り役、前世王が封じ込めた奴だ。ものすごい能力があって、今の烏羽さんと同じ役をしていた。けど、その能力を金と欲望のために使っちまって、王宮を追放された。でもあいつは、それを逆恨みし、各地に災害を起こしたんだ。それで怒った前世王は、そいつを森の最も磁場の強いところに閉じ込めた。封印したんだ。でも、それが解かれていた。それができるのは王か王妃しかいない。ってことは真朱さまだけ。昔の記憶を持つ王がそんなことするわけないしな。そいつ、白磁って言うんだけど、もう百歳近い老人のはずだ。だけど最近、目撃者がいて、若返って森にいたっていう報告を受けている」
「老人が若返る?」
そんなことができる世界って恐ろしいと思う。
「そう、それは誰かが白磁に、魂の一部を売ったってこと」
紫黒が続ける。
「まあとにかく、今の問題は誰が瑠璃の命を狙っているのか、そしてそれを阻止することだな。これはシアン王の願いでもある。自分の生まれない時代に一人でいる瑠璃を不憫に思ってる」
今までの話は衝撃的だった。自分が王妃と呼ばれる魂を持つ身だと知った。そして今の世には、添い遂げる相手の王はいない。今からの一生を独身で、しかも処女で過ごさなければならないのだ。
まあ、それだけなら百歩譲って受け入れることもできるが、命を狙われているという。冗談じゃない。
空が明るくなっていた。そろそろ帰らないと母が起きてしまう。
瑠璃は聞いたことをすべて消化できないまま、茫然として、始発のバスに乗って帰った。長い一日だった。




