悲劇的な瑠璃の未来
「ごめん。でもね、本当のことなんだ」
そう烏羽が語り始めた。
「調べると瑠璃ちゃんが今夜、あいつと寝てしまって、それからズルズルと関係が続くことになる。なれの果てには同棲する。そして卒業と同時に別れるけど、心のよりどころを失った瑠璃ちゃんは、誰でも構わずに不特定多数の男と寝る。そして極めつけは上司との不倫。全く結婚の意志のない奴だけど、瑠璃ちゃんは結婚したかった。でも、そいつの奥さんに瑠璃ちゃんの存在がばれて、それからの瑠璃ちゃんはすべてに失望し、病気になって三十五歳で亡くなる」
ものすごく簡単に、淡々とした口調で、瑠璃のこれからの人生を語ってくれた。
今のが瑠璃の輝ける未来らしい。悲惨としか言いようのない一生。結婚もしないで、男と男の間を渡り歩くことになる。
「ねっ、なんで? それ自体私の人生なんでしょ。じゃあ、いいじゃない。それがなんであんたたちに関係あるの?」
そんな人生も嫌だが、自分の人生ならば仕方がない。しかし、問題は別のところにある。なぜ、この人たちが私の人生を変えようとしているのか。
「オタクさ、小さい頃、死にそうになっただろう」
紫黒が言う。
あっと思った。心臓の手術のことだ。生存率は極めて低かった。あの手術。
紫黒が今までになく、神妙な顔で言う。
「オタクは、本当ならあの時に亡くなる設定だったんだ。二十世紀後半に生まれて、この世を少しだけ見てバイバイするっていうシナリオ。生まれる前に瑠璃が自分で設定してきたんだ。けど、何かが狂って生きてしまった」
もう、怒る気もなくなっていた。なぜ、この人たちはそんなことまで知っているのか。瑠璃のそれた軌道を修正しにきているらしかった。
「ねえ、じゃあ聞くけど。なぜ私はこの世を少しだけ見て死ぬ設定だったの?」
と、聞いた。
紫黒が淡々と答えた。
「アセンションのある時代だったからだ。あの時、今のオレ達のいる世界が生まれた。王と王妃はそっちに生まれなきゃいけないからな。それを瑠璃がちょっとだけってことで、こっちへ生まれた。そしてそのまま生きてしまった。この王のいない時代に」
王? 王妃? アセンションって一体なに?
瑠璃の頭の中ではこれらのパズルはまだ、バラバラの状態だった。どれ一つとして繋がっていない。
「瑠璃ちゃんは、王妃の魂を持つ人なんだよ。王と同じ時代に生きて添い遂げる。今まで二人はずっと一緒に生まれてきた。いつの時代にも二人は一緒だったんだ」
いつも一緒に一生を過ごすのに、王のいない時代をちょっと見ようとして生まれた。それがなにかの狂いが生じて、瑠璃は生きてしまっているんだ。
烏羽は、瑠璃がなんとか納得していることを感じて、安心した顔を見せた。
「瑠璃ちゃんは本来の添い遂げる相手のいないところにいる。だから、その相手を見つけるために、大勢の男に身を任せるんだよ。それでも満たされない。結ばれるはずの王がいないからだ」
ああ、なるほど。確かに瑠璃は本気で誰かを愛することを知らない。夢中になって追いかけることもできなかった。いつもどこか心の奥に穴が空いているような、埋めても埋めても埋まらない穴。むなしさがあった。
「ボク達の世界には、七つの国がある。そこにはそれぞれ王と王妃がいる。最近わかったことなんだけど、王妃が王以外の男と寝ると、穢れが付く。そういう感じ、わかる? 純粋なものに何か異物が入り込むような」
「あ、はい」
きれいな水に、他の異物が混じるっていうイメージをした。
「ボク達の世界では、これをサビっていうんだ」
「サビ?」
鉄にまとわりついているサビを思いだす。
「だけど、王妃が別の男と寝て、そのサビがついても王は消すことができる。王ならそのサビを取り除くことができるんだ」
「へ~え」
なるほど、うまくできている。結局、王妃が他の男と遊んでしまっても、王と結ばれればすべて帳消しになるってことか。
そこまで考えて、はっとした。
二人は、瑠璃の今いるこの時代には、王は生まれてこないと言った。それは瑠璃が他の男と寝ると作ったサビは消えない。消してくれるはずの王が存在しないからだ。
「やっとわかったみたいだね。王のいないここで、王妃の魂を持つ瑠璃ちゃんが他の男と寝たら、サビがつく。消されることのないそのサビは、魂の中に入り込んだまま、次の王妃に転生された。そのまま、次の王妃も気づくことなく、他の時代へ持ち越された。でも、発病しなかったから二十三世紀までは何事もなく、過ごせたんだ」
烏羽の言葉に顔を上げた。
「それがついに発病・・・・・・したのね」
「うん、二十三世紀の王妃はかなり繊細で、自分の中にサビが入り込んでいることに気づいちゃったんだ。それで、それを内緒で治してもらおうとしたら、逆に発病してしまった」
なかなか想像できない未来の別世界の話だが、瑠璃の行動がきっかけでそれが後世になって、迷惑をかけていることがわかってきた。
「そのサビは流行病いとして、国中を襲った。蒼い国は一時期、危険な汚染区域に指定されて、他の国とも国境を遮断された。そのくらい大騒ぎになったんだ」
ことの大きさに慄く。
「ちょ、ちょっともう一度。私が王以外の男と寝て、サビっていうものを作り、王に消してもらえず、死んでいった」
烏羽と紫黒がうなづく。
「そのサビは消されることなく、次の時代にもっていかれた。それでも発病することなく、二十三世紀まで持ち越したわけね」
うん、とうなづく二人。
「でも、それが発病してしまった。国中に病気が広がった。それってすべて、私がその原因を作った・・・・ってわけね」
二人はつらそうな表情になり、うなづいた。
「私が原因で・・・・」
安易な性交渉が、後々にそんな迷惑をかけていたなんて・・・・。
なぜか、そんなとてつもない話を信じている瑠璃がいた。頭では理解できないことも嘘っぽいとも思うけど、本能的にそれが事実だと受け止めていた。
「極めつけは、王もそのサビにやられてるってこと。倒れたんだ。今、蒼い国はまずいことになっている。癒す者たちが頑張ってるけど、王がサビにやられたから」
王までが・・・・。
顔すら知らないその存在が傷ついている、その原因は自分にあると思うと胸が熱くなり、涙が込み上げてきた。
瑠璃が皆を傷つけた。愛しい王までも倒れられたなんて。
涙が止まらなかった。
今度は瑠璃の嗚咽がコーヒーショップ内に響いた。数人いた客は気味悪がって、コーヒーを片手に逃げるようにして、階下へ移動していった。
二人は、この涙が落ち着くまでそっとしてくれていた。かなり泣いたと思う。思えば瑠璃がここまで何かのことで泣くなんてなかったと思う。
なんとなくだけど、この二人の話を聞いて、自分の中のぽっかりとあいた心の穴が認識できた気がする。そして、その原因がわかったことから何かが変わったような気がした。




