誰かに狙われてる?
携帯にかかってきた電話は、母からではなかった。
でもあの声は確かに母だった。一体どうなっているんだろう。不可解なことが続いていた。
駅のホームに降りていく階段を下る。また、ぼうっとしていたのかもしれない。
数段を降りた時、靴がなにかに引っかかった。足をとられ、瑠璃はバランスを崩した。
「あっ」
かなり高い所から落ちる、と思った。何もかもがスローモーションになった気がした。
しかし、体のバランスを失う前に、誰かに受け止められていた。がっしりとした胸の中に、そしてその腕がしっかりと瑠璃を受け止めていた。爽やかなコロンの香りもする。
誰だろう。さっきまで誰もいないと思っていたのに。
「気を付けて、オタク、誰かに狙われてっから」
そう耳元でささやかれた。
抱きとめてくれたのは、黒髪、黒い服装、サングラス姿の男性だった。その顔はまだ若い。間近で見て、あのホテルの窓から見た二人組の一人だとわかった。
ふと上を見た。
そこにはもう一人の黒づくめの男がいた。なんだか得体のしれない恐怖が沸き起こった。
誰かに狙われてるって、一番怪しいのはこの二人だった。
慌てて瑠璃はその男から離れる。お礼を言うのも忘れていた。
そして瑠璃は見た。上にいる黒づくめの男の後ろに、真朱がいた。あの赤い髪は真朱だ。
あっと思った。
いや、真朱の髪は赤くない。いつもそう思うだけで黒いのだ。一度瞬きをしてからもう一度見るともうそこには真朱の姿はなかった。
見間違いだったのかもしれない。いや、瑠璃は確かに見た。真朱はいつもの笑顔ではなく、青ざめたショックを受けたかのような顔をしていた。その姿はいつもの制服ではなく、どこかのお姫様のようなひらひらしたドレスのような洋服を着ていた。少し違う雰囲気の真朱だ。
瑠璃はあっけにとられていたが、助けてくれた男に声をかけられ、我に返った。
「ね、オタク、今から家へ帰るんだろっ。この電車でいつもの乗り換えの駅で降りてよ。どうせ乗り継ぎの電車、終わってっからさ」
「え、なに?」
見知らぬ男にそんなことを言われて戸惑っていた。
その男は面倒くさそうに舌打ちをする。
あ、この舌打ち、以前にも聞いたことがある、と思った。
「ほら、いいから。電車が入ってきた。これを逃すとここで足止めになる。どっちがいい? 彼氏ンとこ、戻るか」
そう言われて下を見ると、電車がホームに入ってきた。ここで足止めなんて冗談じゃない。一刻も早く、ここから離れたい。伸弘が追いかけてくるような気がしていた。その男が、伸弘とのことを何故、知っていたのかなんて、考える余裕もなかった。
さっき、階段から転げ落ちそうになったことも忘れて、階段を駆け下りた。
電車は週末なのにガラガラに空いていた。ほっとして座席に座った。
ふと目の前に座った人に視線を移した。それはさっき、助けてくれた一人と、階段上にいた男の二人だった。
一人は瑠璃と同じくらいの年齢だろう。
二重瞼のクッキリとした目で、こっちを見ていた。髪は短くて、皮肉っぽい笑顔を向けていた。なんか性格は悪そうだった。この人が、さっき落ちそうになったとき、受け止めてくれた人だ。
そして、お葬式の帰りみたいな黒いスーツを着ているもう一人の男は、背中まである長い髪を後ろで束ねていた。
涼しげな目、すっきりとした顔をしている。こちらは少し大人っぽい。年上だ。三十歳くらいかなと思った。
そうだ、あのホテルの噴水のところにいた二人だった。瑠璃のこと、つけ狙ってた。
二人はじっと目をそらさず、こっちを見ている。
一体何なのだろう。ストーカー? お金目的かも。それとも一度助けたふりをして、瑠璃の体が目的なのかもしれない。
そう思ってにらみつけると、若い方がおかしそうにくすくす笑った。冗談だろって言っているみたいだった。まるで瑠璃の心の叫びが聞こえていたようだ。




