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新たなる時代へ

 結婚式が終わると、忙しい身のシアンと真朱は王宮へ戻った。物々しい護衛たちや重臣たちも帰り、家の周辺がやっと静かになった。


 紫黒と瑠璃は、二日ほど休暇をもらい、この懐かしい家で新婚生活を過ごすことにしていた。その日の夕食を烏羽夫婦と共にする。

 懐かしい面々だった。ひと月前までは、この家にこうして住んでいたのだ。

 それにあの頃は白藍は瑠璃を、本当の妹だと思っていた。今はその記憶が戻されている。それでも白藍は瑠璃に、そのまま姉妹でありたいと言ってくれた。ありがたかった。この世界には瑠璃の身内はいないからだ。


 紫黒はタキシードの上着を脱ぎ、ネクタイはどこかへ行き、シャツも袖をまくり上げて、とても新郎とは思えない格好でいた。昼間の式の後で、皆に祝い酒を散々飲まされ、さっきまで長椅子にひっくり返って寝ていたのだ。瑠璃はウェディングドレスを脱ぎ、普段着に着替えている。

 紫黒はそれでもお腹は空いているようで、グレイビーソースをたっぷりかけた薄切り肉を口に頬張り、咀嚼していた。

 ぼさぼさの髪、まだ、ぼうっとしている表情。でもこの顔の方が紫黒らしくて好きだ。


 瑠璃は不思議な気持ちになっていた。

 この四人の光景はここにいた時から変わらない。しかし、今、その立場が違っていた。本当の紫黒と瑠璃がいた。いつも心に空虚感があった。それがもうない。心から好きな人とこれから一緒にいられるのだ。その幸せ、喜びをかみしめていた。


 食事が終わると烏羽は急にかしこまって瑠璃に言った。


「あまり楽観していたら瑠璃ちゃんが後で傷つくかもしれないから、今言うよ」

 紫黒がはっとした。この二人がなにかを隠していたことは気づいていた。たぶん、多忙きまわりないこのスケジュールにも関係しているのだろう。あまりハッピーなニュースではないことはその表情からわかる。


「烏羽さん、何もこんな時に言わなくても・・・・・・」


「いや、今夜くらいだろう。僕たちがこうして四人だけでのんびりできるのは。王宮に戻ればそれぞれの役割のため、さらに忙しい日々になる。そして常にまわりに他の人がいるだろう。二人の幸せな時に水を差すようだけど、仕方がない。きっと後で知ることになれば、瑠璃ちゃんは怒ると思うから」

と烏羽が一度言葉を切った。

「これは王の令でもある」

 そう烏羽がいうと紫黒は黙った。


 なんだろう。さっきまで幸せいっぱいだった瑠璃。それがこの話で一変するのではないかと身構えていた。他の人には聞かれたくない話とは。やはり、今の幸せにどっぷり浸っていてはいけなかったのか。紫黒と一緒になることは何かの代償を追わなければならないのか。それとも瑠璃はやはり二十一世紀に戻らなければならなくなったとか。いろいろな不安が付きまとっていた。


「真朱さまはあと半年ほどでこの世を去ることになる。そして、王もその後を追うように崩御されるだろう」

 烏羽がそう言った。


 真朱は魂の欠片しか残っていなかったから、王妃の水晶玉でなんとか半年を生き延びることになった。それは瑠璃もよく知っている。しかし、今、烏羽は王もこの世を去るようなことを言った。それはいったいどういうことなのか、瑠璃はもっと説明をしてほしくて烏羽を見つめた。


「白磁が消えて、ずっと王の体に入り込んでいたサビも消えた。けれどそのサビは、王の心臓を弱らせることになった。今は元気そうにしているけど、つらいらしい。それで王は今、動けるときにやるべきことをやると頑張っているんだ」


 王が死ぬと言っていた。サビも消えたというのに、これからこの蒼い国を復活させようとしているこの時に、後遺症で王もいなくなるなんて。


「ごめん。こんなに幸せな日にこんなことを言いたくはなかった。けれど、王が言ったことを覚えているだろうか。たとえ真朱さまが戻ってこなくても、白磁を封じ込めた後、瑠璃ちゃんから王妃の水晶玉を放棄してもらおうと思っていたってことを」

 瑠璃は覚えていた。


「王はね、サビが心臓に刺さっていた時から自分は長くは生きられないとわかっていた。王が死ぬと王妃も長くて一、二年しか生きられない。二人はいつも一緒に転生することを願っているからね。王は自分が死ねば、瑠璃ちゃんもその後、死ななければならないと考えた。瑠璃ちゃんは幸い、まだ結婚の儀も行っていない正式な王妃ではなかった。だから、それを放棄することができるって考えていた。そんな理由があったんだよ」


 シアンは、瑠璃のためにそんなことまで考えてくれていたのだ。幸せとは別の涙にくれていた。

 瑠璃の大切な人たちがあと少しでこの世を去ることになる。そのことが悲しかった。そしてシアンの心遣いにも涙していた。白藍も泣いていた。


「泣くな、瑠璃。つらいのはオレたちよりもシアンと真朱さまの方だ。あの二人は命の火が消えるその時まで、一緒に精一杯生きるつもりでいる。周りのオレ達が悲しんではいけないんだ」

 そう言って紫黒が瑠璃の肩を包み込む。

「ごめん、でも今だけ泣かせて。そうしたらもう泣かないから」

「わかった」

 紫黒が瑠璃をギュッと抱きしめた。瑠璃は紫黒の胸の中で思い切り泣いた。


 一頻ひとしきり泣くと、瑠璃の心は落ち着いた。残された時間、シアンと真朱のために尽くそうと思っていた。

 白藍が片づけをしてくれた。明日の朝食の買い物までしてくれていた。


「お姉さん、どうもありがとう」

「いいの。瑠璃ちゃんが妹でよかった。こんなにワクワクする日が再び来るなんて思ってもみなかったから」

 白藍の母と妹は流行病で失くしていた。白藍には烏羽しか家族がいなかった。

「私もお姉さんがいてくれて心強い」


 白藍がテーブルを拭いていた。そこへ烏羽は奥から赤ワインを手にしてきた。

 それを白藍が目ざとく見た。

「烏羽さん、何持ってるの? まさか、まだ紫黒くんに飲ませるつもりじゃないでしょうね」

 少し棘のある言い方だった。いつも何ごとにも動じない風の烏羽だが、この白藍だけには頭が上がらないらしい。

「え、はい。お祝いのため、特別なワインを飲もうと・・・・え、」


 白藍はそれをさっと取り上げる。

「もうだめ。紫黒くんはさっきまで酔いつぶれて寝ていたのよ。せっかく酔いが醒めて来たって言うのに、また飲ませてつぶす気?」

「ええっ、だめですか。酔いが醒めてきたからいいかなって・・・・」


「だめです。さあ、私達ももうお暇しますからね」

 白藍はさっさとワインのボトルを棚の上に置いた。そして玄関先にかかっているコートを手に取る。


「姉さん、そんなに急いで帰らなくてもいいじゃない。もう一杯だけ飲んでからでもいいでしょ」

 しかし、白藍は瑠璃までにらみつけていた。

「だめ。私達、お邪魔だから帰るわ。また新婚生活が落ち着いたら、ゆっくり皆で食事をしましょうね」

 

 烏羽も腰を上げた。

「そうだね。紫黒が僕たちに早く帰れっていう念を送っているみたいだ。邪魔者は退散します」

「え、烏羽さん。オレ、そんなこと思ってねえよ」


「いや、悪かった。それもそうだ。結婚式の夜に長々と居座ったらいけない。じゃ、また休み明けに」

 烏羽もコートを着た。

「じゃあね」

 急にバタバタと二人が帰っていった。


「もう、本当に帰れなんて思ってたんじゃないでしょうね」

 瑠璃は紫黒を睨む。

「思ってねえよ。勝手に気を利かせてくれたんだろっ」

 もう帰ってしまったのだから仕方がない。今夜は遅くまで騒げると思ったのだ。がっかりしている瑠璃だった。

 二人きりになり、なんとなく慣れないこの空間にソワソワしていた。

「じゃあ、このワイン、明日開ける?」

「うん、もう今夜は酒は飲みたくない」

「随分飲まされてたもんね、皆から。紫黒くんのお父さんも楽しそうだったし、よかったのよ」

「うん」


 瑠璃は烏羽のワインを台所へ持っていった。

 お酒の代りにお茶でも飲むかもしれないとお湯を沸かし、お茶の用意をした。

 再びリビングへ入ると、紫黒が静かにソファに座っていた。

「紫黒くん、お茶が入ったわよ」


 返事がない。その顔を覗き込むと、紫黒は寝ていた。疲れていたのだろう。昨日まで王の後に付き、緑の国へ行っている。王宮に戻ってもゆっくりしている紫黒を見たことがなかった。瑠璃ともチラリと顔を見るだけ、そんなすれ違いの生活だった。


 そのまま寝かせてやろうと思い、毛布を持ってきた。首から肩が隠れるまでそっと毛布をかぶせた。

 紫黒のまつ毛が思ったよりも長いことを発見していた。こうやってよく見るとシアンと似ていた。その二人の性格が違いすぎるから、似ていることに気づかないのだろう。中腰のまま立とうとしていた。そんな体制の瑠璃を紫黒の手が伸びて、そのまま腕を引かれた。

「キャッ」

 瑠璃がバランスを崩し、紫黒の上に倒れこんだ。

「寝てたんじゃないの?」


 紫黒の腕の中にいた。瑠璃のくちびるを塞がれた。柔らかな感触。

 以前、二度、キスしていた。一度は吉高の目の前で、恋人のふりをして急にキスされた。そして二度目はもう瑠璃は王妃の水晶玉を持っていた。紫黒がサビに刺され、その命を危うくしていた。瑠璃がなんとか助け、砂にまみれてのキスだった。

 今度は誰にも気兼ねなく交わせる愛のこもったキス。それが徐々に激しくなっていく。


「ね、ちょっと紫黒くん。まさか、ここでヤルつもりじゃないでしょうね」

 つい、体を放して、そんなことを口走っていた。

「やだな、瑠璃ちゃん。ヤル、だなんて、そんな直接的な言葉」

 しかし、紫黒は言葉とは裏腹に、再びくちびるを押し付けてきた。がっしりと抱きしめられていた。このままコトをすすめようとしている。冗談じゃないと思った。紫黒の腕の中でもがく。

「なんだよ」

 不満そうな紫黒だ。

「やっぱり、やるつもりなんじゃないのっ。待ってよ、ここじゃいや。ちゃんと寝室へ行こうよ」


 紫黒は諦めた様子で瑠璃を放してくれた。


「わかった。オレ、風呂、入ってくる」

 急に思い立ったように言う。

「うん、私は食事前にもう入ってるから」


「ん。じゃ、オレ達の部屋で待ってろ」

 紫黒がそう言って風呂場へ向かった。


 瑠璃は急に意識し始めていた。オレ達の部屋って、紫黒くんの部屋? だよね、きっと。ずっと許婚ということで暮らしてきたけど、やはりその時の意識は兄妹のような関係だったと思う。こんなにもドキドキしたことはなかったから。


 紫黒の部屋へ入った。蝋燭の灯りにする。薄暗い中、蝋燭の炎がユラユラと動いていた。

 落ち着かなかった。ベッドの上に座って待つべきなのか、それとも先に寝ていていいものなのか。

 ふと、窓の外を見た。家の周りには木が生い茂り、隣家の灯りでさえ見えない。しかし、その暗闇の中に明るい月と星が無数、瞬いていた。


 これから瑠璃は紫黒と共に生きていく。紫黒は、口は悪いが飾らない。口では遅いぞと言うが、必ず待っていてくれたり、いつもそばにいてくれた。瑠璃も紫黒には何も構えることなく自分が出せるのだ。こんな人に出会えて本当によかったと思えていた。


 紫黒が風呂から出て、寝室に入ってきた。

「なんだ、外、見てたのか」

「うん」

 瑠璃の後ろに立つ。

「あ、また、髪の毛、ちゃんと拭いてない」

 紫黒が、その頭をブルブルと激しく震わせた。まるで犬が体を震わせ、水けを飛ばすような動作だった。

 その水しぶきが飛んできた。

「紫黒くんったら、もう」


 口を尖らせて抗議しようとしていた瑠璃を紫黒が抱きしめた。

「これから、よろしくな」

「あ、はい。私こそよろしくお願いします」

「うん、苦しゅうない」

 紫黒が急にふざけたから、瑠璃の緊張がほぐれていた。


 二人がベッドに横たわる。紫黒がすぐさま瑠璃の胸を肌蹴た。咄嗟の羞恥で瑠璃が手で隠す。

「いいよ、瑠璃。見てろ」

 紫黒が、瑠璃の手を外した。そこには幼い頃の心臓手術の傷痕がくっきりと残っていた。紫黒がそこにそっと口づけをした。見る見る間に、傷痕が消えてなくなった。


「これはもう必要ない。そうだろっ」

「うん」


 結ばれることはないと思っていた二人がやっと一緒になれた夜だった。

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