黒い森
なぜ、ここまで来てしまったのだろう。
いくら、脅されたとしても、ここへ足を踏み入れることをすべきではなかった。
その、闇に潜める者は、下卑た笑い声をあげる。
「わしならば・・・・・・その者を殺す」
その者は、わたしの心を読み、そう言った。
その言葉に震え上がった。
私の周辺の空気も凍りついた。その意味にも、そしてその言葉にある言霊もだ。まるで自分が殺されるかのように痛みを感じていた。
人の心の本音をつく。
「その者が元凶なのだろう。ならば、その者が罪を犯す前に殺せばよいのだ。そうすれば・・・・・・そちも清いままで生まれてこられたかもしれぬ。まあ、それは誰にもわからぬ賭けだがな」
そう、その者が罪を犯した。そのせいで、今のわたしがどうにもできない立場に置かれていた。
そうだ、その罪を犯させないようにしたら、そうすれば未来は変わるかもしれなかった。が、そんなこと、できやしない。
こちらの心の迷いを読んだらしかった。
ヒャハハハと気味の悪い声で笑った。わたしの考えが如何に浅はかであるか、嘲笑っているかのようだった。
その声が洞窟の中を反響して、わたしの付き人がその恐ろしさに耐えきれずに耳を塞ぎ、そこに座り込んでしまった。
「参ろう」
わたし達は震える足を踏み出して、その洞窟から立ち去った。あの気味の悪い声がずっと耳の中に染み込んでいた。
解いてはいけないものを解放してしまったのだ。踏み入れてはいけないところへ入ってしまった。しかし、今となっては、もうどうすることもできない。