影一人、夜闇に
プロローグのような部分です
澄み渡る夜の空の下に、石碑が一つ。
そこに佇む人影は、毎夜一人思案する。
「…いい加減、私も諦めるべきなんだろうな」
石碑に向かってそう呟く人影。木に背を預けて、木の葉の影に切り取られた夜空の欠片を見上げた。
誰一人として立ち入らないような深い山の深い森、その奥。
かつて小屋が在った開けた場所の、小屋の裏だった位置に石碑はあった。
刻まれた言葉は短く、“影の友、ここに眠る”。
夜闇に溶け込むような人影は、もう戻らない誰かを待つように、そこにいない誰かへと語るように、一人呟きを落とした。
「もう何年経ったか?お前が、地に還ってしまってから…」
毎夜ここで、お前と笑った。
口喧嘩もしたけれど、お前といた時間は楽しかった。
お前がいた時間は、もう遥かな過去となってしまっている。
刻々と流れ続ける時間の中変わることのない私は、またお前のように、笑い合うことの出来る人間を待ち続けていた。
見つけることも、諦めてしまうことも出来ないままで。ああ、でも―
「一人、もう少しだけ見ていたいと思う子どもがいたな」
思わず、といった感じで人影の口元が柔らかな笑みを形作る。
「年はまだ二十程なんだがな、面白い子どもだよ。
まだ私の姿は見せていないが、あの青年なら楽しく話せそうだ」
私にとって二人目の、興味を持てる人間。
その時、いつの間にか高く上った白く丸い月が木々の間から顔を出し、人影の姿を映し出した。
まさしく影のような、全身黒の衣装に身を包んだ長身の青年。
月を見上げ細められた目は長き時の経過を感じさせるほどに深い色合いの闇色をして、白い肌によく映えている。
肩までの髪も黒く、寝癖か何かのように少し立ち上がっていた。
再び月が木々の間に隠れたころ、青年はまた口を開く。
「もう月が満ちたのか、時の流れは速いものだな。
…また来るよ、私が完全に諦めてしまうまでは何度でも…」
滑らかな動作で木に預けていた背を離すと、青年の姿は消えていた。
後には何も語らぬ石碑が静かに立つのみ―
澄み渡る夜の空の下に、石碑が一つ。
そこに佇む人影は二人、毎夜そこでは影の精霊と、彼に選ばれた人間が面白おかしく語り明かすのだという。