第七話:桜
第七話
五月に入って冬服から夏服へと衣替えが始まった。一応、冬服も持って行っているけど夏服の方が動きやすいから僕的にはこっちの方が好きだ。
「地球温暖化って進行してるんだよね」
色々ときわどいシャツ一枚の真奈美さんとの朝食も日常になってしまった。朝からドキドキしっぱなし…というのも慣れてしまえばどうということはない。慣れていないから問題があるわけでいつになったら慣れるのだろうか。
「そうですね。確かに暑いですけど冬になったら今度は寒い寒いって逆の事言わないといけないですよ」
「だねぇ」
「じゃ、そろそろ行ってきます」
「気を付けてね」
真奈美さんから送り出されるのも日常になった。まさか誰かが僕を送り出してくれる日が来るとは思いもしなかったし、家に帰りついたら『おかえり』と言ってくれるなんて夢みたいだ。
今日は何かいい事がありそうだなと歩いていると朝っぱらから義之に出会った。
「よぉ」
「はぁ…今日はいい日が来ると思ったんだけど最初で義之に会うなんてがっかりだよ」
「何だよ、俺じゃ不満なのかよ」
「うん、出来ればたくさんお金の入った財布に出会いたかったよ」
去年僕が拾ったお金は総額五万円である。
「俗物の考えだな…恥を知れ、俗物っ」
「ま、俗物だからね。義之は何か出会ったらいいなぁって言うものはないの?」
会ってしまったものは仕方がないので学校へ一緒に行くことになる。
「そりゃ美人のお姉さんと曲がり角で一度はぶつかってみたいぜ……おっと、今日俺急いで学校に行かねぇと駄目なんだ。じゃあな」
曲がり角で車が来ていないことも確認せず義之は通ろうとした…と、危なく車に撥ねられそうになった。
「畜生っ、ちゃんと前見て運転しやがれっ」
悪態をついて義之は走り去った。
「義之…」
僕はその車に美人のお姉さんが乗っている事を見てしまった。もしかしたら僕の願いも何処かの誰かが叶えてくれるかもしれないので期待して待っておくことにしよう。
学校について校門を通ると金髪(校則違反である)のポニーテール少女でミニスカート(校内規則より短いので違反である)着用のどっかのデブの妹さんがいた。普段よりも数倍怖い表情だった……まるで獲物を見つけた肉食獣の目だ。でも無視するわけにもいかない、彼女の瞳はしっかり僕を捉えて離さないからだ。
「あ、桜ちゃんおはよう」
今気が付いたと言わんばかりの完璧な挨拶。
「お、おはようございますっす」
直角九十度のあいさつなんて初めて見たよ。それに向こう側にいたらパンツが見えるんじゃないかな。いや、もう真奈美さんで慣れちゃったけどさ。
このまま行ってしまうのも何か嫌だったので人差し指を下足箱のところへと向ける。残念ながら頭を下げたままなので桜ちゃんは見てないけど。
「あのさ、そこまでだけど一緒に行かない?」
「え、いいんすか?」
「うん、僕は構わないよ。あ、もしかして誰か待ってたのかな」
「あ、えーと、いいっす。気にしないでいいっす」
そういって僕の隣を歩く。こうしてみると普通にかわいい女の子なんだけどな。校内じゃ恐ろしい女子生徒って話だから人間よくわからないものだ。
「この前、家に遊びに来てたっすね」
「ああ、義之が誘ってくれたんだ。そういえば何だか慌ただしかったけど邪魔しちゃったかな」
「いやいやとんでもないっす」
左手を顔の前で元気よく動かして否定している。落ち着いた印象を受けた娘だったけど意外と可愛いところがあるんだな。
「そう?」
「毎日来てもらいたいぐらいあるっす」
そう言った後すぐに顔が赤くなった。
「さすがに毎日は無理かな。でもたまになら行くよ」
「そ、その時は出来れば…」
彼女が続きを言おうとしたところで下足箱へとたどり着いた。
「えっと…先輩」
「ん?」
「待ってますから」
そういって走って行った。普通にかわいい後輩じゃないか。
「桜」
下足箱の影に隠れていた男子生徒が僕に話しかけてくる。
「ん~?」
「告られたな」
「いや、違うでしょ」
「いーや、さっきの女子生徒はお前の事を好きに違いない」
そうだそうだと他の男子生徒も頷いている。いつの間にこんなに増えたのかはわからない。きっとこいつらは餌を見つけると殺しても殺しても沸いてくるあの黒いGと一緒で一人見かけたら三十人ぐらいいるに違いない。
「別に普通に話をしていただけじゃないか」
「よし、それなら賭けをしよう」
「賭け?」
「ああ、今日の昼休み旧体育倉庫に来てくれよ。もしそこで何も起こらなかったら俺達の勝ち、何か起こったらお前の勝ちでいい。先に言っておくが何か起こるというのはお前がさっきの子にぶん殴られたりすることだからな。決して合体のことではないぞ」
「わかった、いいよ……それで何を賭けるのさ?」
賭け事で最も大切なものは賭ける物である。これによってやる気が変わってくると言うものだ。
「そうだな…賭けるものは……だ」
僕の耳元でそっと呟くように告げる。女子生徒が何やら僕らを見て話しているけどきっと気持ち悪がっているのだろう。
「わかったよ」
どう言った事を連中がしてくるか想像もできないが期待して待っておくことにした。
「珍しく弘毅がやる気のある表情しているじゃねぇか」
いつものように義之がやってくる。
「ちょっと引っかかる言い方だったけど放課後賭けをするようになったんだよ」
「賭け?」
「ま、そうだね」
「俺も混ぜてくれよ」
「悪いね、今回は駄目なんだ。もし次回機会があったら参加させてあげるよ」
「そうかい」
義之はそれで満足したようだった。まぁ、ごねられても面倒なだけだし。
そしてあっという間に時間は過ぎて放課後。誰にも見つからない様に旧体育館倉庫へとやってきた。旧体育館は来月あたりから取り壊されることが決定されている。噂だけど女子高生の霊が出るとか、何もないところからコンニャクが襲ってくるとかそういった怖い噂もあったりする。
使用されたりするのも今月まで。旧体育館倉庫も寿司詰め状態だったけど今ではある程度中身が減っている。それでも普通の体育館倉庫程度はある。
「……怖いなぁ」
つい思っている事が口に出てしまう。
「あの、先輩っすか?」
声のした方を見ると桜ちゃんが倉庫内へと入ってきていた。彼女が入ってすぐに扉は閉められた。
「くっそっ」
彼女はすぐさま扉に向かい開こうとするが開かないようだった。どうも鍵を閉められたらしい。乱暴に扉を蹴ると何とも運が悪い事に壁で固定されていた棚が彼女に倒れてきていたりする。
「危ないっ」
そんな言葉が出ることもなく僕は桜ちゃんを助ける為に地を蹴った。




