第十四話:老人Aもしくは初老の男性
第十四話
六月中旬…真奈美さんが母ちゃんと出会ってから数日経った日の事だ。
夕方、真奈美さんが夕飯を作っている時に僕は洗濯物を取り込んでいた。
どうもチャイムが鳴ったようで真奈美さんは玄関へと向かっていく軽快な足音が聞こえてきた。僕も一応洗濯物を取り込んでから玄関が見える場所へと移動して客をちらっと見ておくことにしたんだけど…
「糞親父…」
「真奈美、何をしているのだ?」
袴姿にオールバックって人間を僕は見た事がない。新人類、新たなる出会い…とでもいいたいところだったけどあの顔を見て誰の父親か当然わかる。
「真奈美さんに顔がそっくりだ…」
違いがあるとしたらやはり老けている、立派な髭がはえているといったことだろうか。
「帰るぞ」
「嫌に決まってるだろっ、糞親父っ」
ここからでは真奈美さんの顔を見ることはできないが相当怒っているようでまるであれを鷲掴みされたかのような恐怖心を覚えた。わかりやすく説明するとウサギ小屋の中に野良猫を放り込んだ感じだ。
「…幼少のころより教育してきたというのにまだわからんのか」
老人は右手に持っていた真っ赤な杖を天井に上げた。何をするんだろうと思う事もなく、その後どういった事が起こるのか簡単に想像付いた。
よって想像されるであろう未来をなくすために僕は走って老人と真奈美さんの間に割り込んだのだった。
「ぐぬぬ…」
振り下ろされた杖を僕は白刃取りした。まさか自分でもこんなにきれいに取れるとは思わなかったよ。
「誰だお前は」
僕を見下ろし不愉快そうに尋ねてくる老人A。老人Bが出てこられても困るが一応仮称は必要だろう。
「真奈美さんの…お兄ちゃんですっ。なんでこんなことをするんですか」
杖をはねのけ落ち着いて話をする。こういうのは激昂したほうが負けだ。
「それは私が親だからだ。子を躾けるのは当たり前の事だろう…」
まるで怪獣のような目つきで僕を睨みつけていた。
「ところで初対面の名乗りもせずに私に食ってかかるのは不躾ではないのか」
「あ、すみません」
居住まいを正して咳払い…。
「桜弘毅です」
「私は九條影久だ。裕次郎君の息子の事は聞いていたが…まさかこうして顔を合わせることになるとは思わなかったよ」
久しぶりに他人から聞いた父ちゃんの下の名前。ということは父ちゃんの知り合いなのだろう。
「裕次郎君の息子にしては不躾だな。人の家で杖をふるおうとした私も悪かったから今回は手を引こう」
影久さんは帰るようでこちらに背中を向けた。
「あの、帰るんですか」
「ああ。勢いだけで今日は来たからな。今一度こちらも考える必要がある」
何を考える必要があるのだろう…考え込む僕を見ることなく影久さんは真奈美さんへと視線を向けた。
「真奈美、弘毅君にちゃんと話をしておくんだな…どうせお前の事だ。家族だ何だと言いながら話していないのだろう」
「うっさいっ」
玄関が静かに閉められて辺りには静寂が広がる。遠くで鍋の煮えたぎる音が聞こえてくる。
「あの…真奈美さん」
「…」
真奈美さんはうつむいている。何か言ってあげたほうがいい気がした。
「似てましたね、お父さんそっくり…」
そう言ったら張り手を喰らった。叩かれた後に気付くぐらいの速さだった。真奈美さんを敵に回したらどれほど恐ろしい事があるのか簡単に想像出来た。
「ご、ごめんね。痛かった?」
「いえ、凄く痛かったですけど痛くないです。大丈夫です……それよりその、似てるって言われるの嫌なんですね」
「…うん」
「ごめんなさい」
「ううん、もう大丈夫だから」
そうですか、でもやっぱり似ていますねなんて言ったら回し蹴りが飛んでくるかもしれない。しかし何やら焦げくさいな…。
「とりあえずコーヒーかお茶淹れましょうか。落ち着いたほうがいいでしょうから」
「うん」
ホットミルクには人を落ち着かせる効果があるとか何とか何かの情報で見た事があるけど逆に人を怒らせるような飲み物って何かあるんだろうか。いや、今はそんな事を考えている場合じゃないけどさ。
熱いお茶を一気に飲み干して真奈美さんは湯呑を乱暴にテーブルの上に置く。
「ふぃー落ち着いた」
「そうですか」
「あー腹立つ。あいつなんでここに来たんだろ。もう家族じゃないとか言ったくせにさ」
「話が見えないんですけど」
「……そうだよね、あの糞親父の言葉も一理あるから……聞きたい?」
「真奈美さんが無理して言いたくないのなら言わないほうがいいですよ」
「そっかぁ、そうかも。言いたくないけど……」
思案している真奈美さんの後ろで黒い煙が上がっているのに気が付いた。
「あ、黒煙があがってますよ」
「え、そういえば魚を焼いていたんだっけ…ってしまったぁっ」
無理やり魚焼き機を開けようとしたために真奈美さんはやけどをしてしまったようだった。なんだか慌てている真奈美さんを見たのは始めてだったような気がして新鮮だ。
その騒動のおかげで僕は真奈美さんから話を聞きそびれた。ちゃんと聞いておけばよかったと思ったのは次の日の朝、真奈美さんがいなくなってからだった。




