第十一話:訪問者
第十一話
桜真奈美はお兄ちゃんを送り出すと朝の静かな時間を優雅に過ごすのである。
「へぇー、日本は今とても大変な状況になっているんだなぁ」
ほんの少し前まで面倒な状況下にいた人間の一人だった。しかし、この桜家に来て大変な状況ではなくゆるーい生活を送れるようになった真奈美は他人事のように自分の国のニュースを見ていた。
桜真奈美の仕事はこの桜家の全ての家事である。空いた時間にバイトでも入れようかなと思う時もあるが仕事運の無さを自覚している為、あまりいい場所は見つけられないだろう。
今日の晩御飯は何にしようかなと考えていた午前十時三十四分、桜家のチャイムが鳴り響いた。
「はーい」
テレビを消して玄関へと向かう。普段来客時にテレビを消すことはしない。なんとなく、長引きそうな相手と思ったから消したのである。
不用心かと思いつつそのまま扉を開ける。立っていたのは人のよさそうなおばさんであった。珍しい事に真奈美を見てその客は戸惑っているようだった。
「あの、この家は桜さんの家……よね?」
「ええ、そうですけど?」
この質問を受けた時点でこの家に何らかの関係を持つ人物だと言う事がわかる。相手から質問される前に口を開くことにした。
「養子なんです。まだ半年もこの家には住んでません」
「あらそうなの」
「はい。何か用事があるのならどうぞ」
「私が……いいのかしら」
悩んでいる感じがどことなくお兄ちゃんに似ていた。真奈美は宝くじを当てるような気持ちで訊ねるのだった。
「もしかしてお兄ちゃんの…お母さんですか?」
「お兄ちゃん……弘毅の?」
「はい」
どう答えようかと悩んでいる中年の女性の態度を見て確信する。
「そうなんですね」
「……正確には違うわ」
「まぁ、立ち話もなんですから中にどうぞ…っておかしいですね」
この家の元住人を案内するのは変な気持ちである。そして、真奈美はテーブルの上にコーヒーを出して対面に座る。この家に養子に来る前に母親がいないと言う事は聞いていたが、まさか蒸発していた母親が半年以内にやってくるとは思いもしなかった。
「お父さんがえーっと…お母さんの事探してますよ」
「知ってます」
「じゃあなんで帰って来ないんですか?」
「あなたみたいな人は口が堅そうね」
「結構しゃべるほうですけど」
冗談だと受け取ったのか中年の女性は喋り始めた。当然、黙って聞くしかない。
「……弘毅は…あの子は知らないだろうけど…生みの親はもう死んでるのよ」
「……そう、なんですか?」
お兄ちゃんも知らないような家庭の秘密を知ってしまった。
「ええ、あの子を産んで母親は死んでしまい……私はそのままあの子の母親になったの。でもね、色々親戚関係がうるさくなってきて心が弱っていたのか、あの子はやっぱり自分の子じゃないって思い始めてしまったのよ」
「………」
自嘲気味に女性は笑い、ほんの少しコーヒーを口にした。
「その日から私はあの子の母親を辞めたのよ。もう戻る事もないの」
女性はそれだけ言って席を立った。
「あの、もう帰るんですか?」
「ええ、お邪魔したわね」
「なんでこんな話を私にしたんですか?」
ハイヒールを履いて女性は答える。
「弘毅の妹なんでしょう?それと、こう言った事は誰かに話しておきたいじゃないの」
「……そうですか。この家にはもう来ないんですか?」
「来週、私には新しい家族が出来るからもう来ないわ。誰もいなかったらそのまま帰るつもりだったけど貴女がいてよかった」
後ろ姿を見送ろうとするとこちらに顔を向けてくる。
「最後に一ついいかしら?」
「何でしょう?」
「貴女、なんで私が弘毅の母親だってわかったの?」
すぐに返答できる問いかけだった。
「仕草が似ていたからです。あと、雰囲気とかも」
「……そう」
「はい」
女性は二度と振り返ることなく、去って行ったのだった。時間にして十分程度の出来事だ。
そろそろ終わると思います。次の骨子案は決まってますので早めに文にしていきたいと思っています。




