フィリップ・マーティンの失踪
スティーブ・アラン 探偵
ジム・モートン 記者
フィリップ・マーティン 夫
サンディー・サリー 妻
中山 舜一 僧侶
スティーブ・アランはこのとき京都にいた。
彼は滝行を受けたくて、記者のジム・モートンと共に日本へ来ていたのだ。
幸い今は暖かい季節で滝の水もさほど冷たくはなく、彼は滝行体験を満喫したものだ。バシバシ、ビシビシと首筋や頭のてっぺんにふりかかる滝の水が彼の今年後半戦への知的好奇心を刺激し、彼らのエキサイトメントと高揚感は頂点に達した。
駆けだすこともなく、ゆっくりと足を滝の外に踏み出し出てきたスティーブ・アランと大慌てで駆けだしたジム・モートンだった。
このあとは、寺で坐禅を組み、蕎麦を頂き、かき氷屋でかき氷まで味わう二人だった。そこへ、一本の電話がかかってきた。「もしもし、スティーブですが、ええ、今は京都のある寺の近くにいます。」「相談があるのですが、実は夫が行方不明になりまして、困っています。私はイギリス人の妻のサンディーです。あなたが今京都にいるという噂を聞いて、連絡しました。夫がいません。京都市内で別れてから会えません。助けてください。」「旦那さんもイギリス人ですか?」「ええ、そうです。」「分かりました。今、貴方自身何処にいますか?」「嵐山の近くです。茶屋にいます。」「今から、会いに行きますから。一緒に探しましょう。」「今日中に見つかるといいのですが。」とサンディー。
ジムもついていくことになった。ジムは今回、京都全図を持参している。
スティーブはスマホで地図を見ることができる。
嵐山の近くの茶屋へと急いだ二人だった。
しばらく、歩いて二人は茶屋を発見した。「サンディーさんですか?」「すいません、ありがとうございます。すぐ来てくれて。ネットでご高名は拝見しております。」「大したことはありませんよ。私の実績なんてまだまだ。」と謙遜するスティーブだった。ジムも薄っすらと笑った。
「それで、旦那さんの名前は?」「フィリップ・マーティンです。まだ、届けは出していませんので性は別なんですが。」「フィリップさん。今日は二人で何処に行く予定でしたか?」「実は坐禅を組んで、滝行もやる予定でした。水着も持ってきています。」「あら、そうでしたか?私たちも今、滝行と坐禅をやってきたんですよ。もしかして、この山の近くの滝ではないですか?」「ハイ!そうなんです。」「であれば、もしかすると、同じ滝かもしれませんね。行ってみましょう。」ついて行く、二人。
道すがら、サンディーはスティーブに今日の5時には新幹線に乗って、東京へ帰る予定だったと告げた。
足の裏は下駄の硬さで少しずつ、疲れ始めていた。
例の滝へと到着した三人。うーん、見たところいませんが、と途方に暮れるスティーブとジム。サンディーは「夫は必ず滝行は受けたいと言っていました。」と言う。
スティーブは滝の水から出てきて、まだ間もなければそれらしき、サイズの足跡が見られるのではないかと地面を調べ始めた。
「ん?これは、30センチほどもある足跡がここから出てきて、このあたりで途絶えてる。明らかにイギリス人らしい足ですよ。そう遠くない。」「本当に?すごいわ!スティーブさん。それで今、寺にいるかしら?」「分かりませんが、行ってみましょう。」
予定していた寺もスティーブたちが行ったところだった。
寺に到着した一行。パシン!と肩を打ち据えるような音が響いた。
「叩いた。いるかも知れませんね。」急ぎ足で境内へと入っていく三人。
受付を通るときイギリス人の大男は来なかったかと伺ったが、女性は首を横に振った。
案の定、別の人が坐禅を組んでいた。三人の青年たちだった。
彼らはアイルランドから来ているらしく、英語が通じた。
三人はイングランド人は見ていないと言った。
その時、足元に下駄の赤い紐の糸くずと思われるものが落ちているのをスティーブは見逃さなかった。「この色ではなかったですか?旦那さんの紐。」と奥さんに問うた。「たしかに。こんな紐だったわ。」「近くにいるかも知れませんね。」俄然、目に輝きが増すスティーブ。「お願いします。でも、もう他に何処か分かりませんわ。」と奥さん。
「住職に訊いてみましょう。」住職に二人の夫婦が今日ここで坐禅を組む予定だったこと、失踪の相談を受けて、やってきたスティーブたちのことを紹介し、フィリップの行方は何処か分からないか?と問うたスティーブだった。
住職は言う。「イングランドの長身の男性ですか?たしかに、それらしき人物は来ましたが、坐禅は受けず、見物だけここでして、行ってしまいましたよ。確か...タケノコを取りたいんだと言っていましたね。」「タケノコ?」呆気にとられる三人だった。
三人は出てきて、地図を開き捜索を始めるのだった。地図には竹藪と思われる空き地のようなスペースがいくつか、見られた。そのうちの最も大きめの藪に行ってみることにした三人。ここにいてくれるといいが、と藪のはじめのところから、地面を見ていき、先ほどのような痕跡が無いものか探していく。三人は目を一生懸命凝らして探した。その時、奥さんが「あ、赤い紐!」と叫んだ。飛んでくる、スティーブ。「これはさっきのものと同じですよ。」
「あ!下駄が、両足とも落ちてる!」と今度はジムが発見した。
「明らかに30センチほどのサイズですね。」「間違いないわ。フィリップのものだわ!」とサンディー。
「ひょっとすると、大変な事になっているかもしれませんね。」とスティーブ。サンディーは悲嘆に暮れた。「なんということになったの!?まったく。」
「急ぎましょう。まだ、間に合うかも。」スティーブはジムを従え、ズイズイと踏み込んで行った。藪の奥まで入っていくしかないのだ。
すると、「あ!人が、スティーブ、こっちを見てくれ、早く!!!」とジムが発狂しそうな声を上げて呼んだ。駆けつけるスティーブ。
旦那だ、倒れてる。どうしてこんなところで、倒れてるのか?
スティーブはフィリップを抱き起こし、サンディーを呼んだ。
「触れないでくださいね。」と口元に鼻を近づけて臭いを確認する。
その時、フィリップの尻の下から茸が見えた。「これか!毒キノコだ!」とスティーブ。「急ぎましょう。救急車を!」
救急車に乗り込みフィリップの様子を見て泣きわめくサンディー。
救急車は大学病院に急行した。
胃腸の洗浄を受けたうえで、安静にするフィリップをサンディーは泣きじゃくりながら、看病した。スティーブとジムは病室の外へ出て、気を揉んでいた。「大丈夫なのかい?毒キノコ中毒は?」とジムは焦る。
「分からないけど、軽症、気絶で済む場合はあるんだ。」とスティーブ。
その30分の後、病室から歓喜の叫びが聞こえた。
「やったわ!スティーブさん、あなたのおかげよ!間に合ったわ。」とサンディー。点滴を30分受け見事回復したフィリップの笑顔が見られた。
「本当に良かった!」胸を撫で下ろす二人の旅人に、感謝の意を表す夫婦だった。「いけませんよ、日本だからといって油断してキノコなどかじっては。」と灸を据えるスティーブだった。
ところで、何故、フィリップは下駄を脱いでいたのか?それは彼の足がとうに疲れていたし、紐も切れ切れになっていたからだ。そして、彼はバックパックに入れてきたスニーカーに履き替えていた。足の裏はボロボロだった。毒キノコをかじってから藪の上を何十歩も歩いたのだろう。
旅をするときは足の健康に気をつけないといけないと思うスティーブたちだった。
四人は帰りの東京行きの新幹線に揺られていた。今回の依頼で彼は報酬を求めなかった。二人とは貴重な日本での体験ができたので十分だとスティーブは語った。
fin




