第4話 語り部は世界を書き換える
『【終わりのページ:記述者の庭】――この世界の全記録が収束する、万物の源流。……しかし、その真実の姿は、愛に飢えた神が深夜のテンションで書き殴った、支離滅裂な“妄想の日記”に過ぎない。未だ白紙のまま残された最終行に、真に情熱的な『物語』を書き込めば、世界はその秘部を惜しげもなく曝け出し、記述者の望むままに、淫らなほど従順に形を変えるだろう』
「……なるほど。この世界の創造主も、なかなかのポエマーだったってわけだ。親近感が湧くよ」
俺、カイト・セレスティアルは、世界樹の最深部、空中に浮かぶ巨大な黄金の書物を前にして、満足げに頷いた。
周囲には、現実感を喪失させるほどの芳醇な魔力が、霧となって漂っている。
その霧に触れるたび、肌が粟立ち、脳の奥が痺れるような甘い快感に襲われる。
「カイト様……。ここが、世界の終わり……いえ、始まりの場所なのですね」
背後から、しなやかな肢体が俺の背中に密着した。
元・最強の守護騎士、エルシードだ。
呪いの鎧から解放された彼女は今、薄布一枚のような聖衣を身に纏っている。
その布地は魔力の霧を吸って透け、彼女の瑞々しい肌の質感を、残酷なほど克明に浮かび上がらせていた。
「ああ、エルシード。ここには俺たちに必要な『設定』がすべて揃っている。……例えば、君のその、少し早まった鼓動の理由とかもね」
俺が彼女の耳元で囁くと、彼女は「あ……っ」と短い吐息を漏らし、俺の腕を強く抱きしめた。
豊かな胸の弾力が腕に伝わり、彼女の体温が、俺の理性を優しく、しかし確実に溶かしていく。
フレーバーテキストを読み解く力は、彼女の心の奥底、言葉にできない「疼き」さえも、鮮明な情熱のポエムとして俺の脳内に表示していた。
「ひ、ひぃぃ……! ま、待て、待ってくれカイト!」
その甘美な空気をぶち壊す、無様な絶叫が響いた。
振り返ると、そこにはボロボロになったガルトとミーナが、這いつくばるようにして追いついてきていた。
ガルトの自慢だった剣は、もはや柄しか残っておらず、その股間は先ほどの呪いの影響か、ガチガチに凍りついたまま妙な角度で固まっている。
ミーナに至っては、魔力が枯渇した反動で、髪はボサボサ、鼻水を垂らしながら、破れた服を必死に押さえている有り様だった。
「カイト、頼む……! 俺が悪かった! お前を『ポエム野郎』なんて呼んだのは、俺の不徳だ! その黄金の本を使って、俺のこの……この『氷漬けの股間』を元通りにしてくれ! 効率的に、今すぐにだ!」
「そうよカイト! 私だって、あんたのポエムを本当は評価してたのよ!? だから、その本で私の魔力を無限にして、世界最高の魔導師にしてちょうだい! あぁっ、そんなエロい騎士なんて放っておいて、私を見てよ!」
二人の「効率」と「欲望」にまみれた醜い叫び。
俺は、黄金の書物から視線を外し、哀れみを持って彼らを見下ろした。
「ガルト。あんたはまだ、効率なんて言ってるのか。この世界のフレーバーテキストを読んでみろよ。……あ、あんたには読めないんだったな」
俺は黄金のページをめくり、ある一行を指差した。
『【効率厨の末路】――数字だけを追い求め、物語を愛さなかった者の剣は、最後には一本の“腐ったバナナ”へと成り下がる。その股間に宿る永遠の氷は、己の冷え切った心そのものであり、真実の情熱を知らぬ限り、一生、尿意に震え続ける運命にある』
「な、なんだと……!? 俺の伝説の剣が、バナナ……?」
ガルトが手元の柄を見ると、そこからはヌルリと、黒ずんで腐臭を放つバナナが突き出していた。
それを見たガルトは、「うわぁぁぁ!」と叫びながら、己の股間を抱えて地面を転げ回った。
「ミーナ。あんたもだ。他人の物語を否定して、自分だけが特別になろうとする。そんなあんたに相応しい設定は、これだ」
『【虚飾の魔女】――彼女の魔力の源は、実は“虚栄心”という名のガスである。真理の書の前で嘘を吐くたび、その魔力は屁となって排出され、周囲を地獄のような臭気で包み込むだろう』
ブッ。ブリリッ。
「あ、あら……? いや、今のは違うの! 私はただ……ブゥゥゥッ!!」
ミーナが言葉を発するたびに、彼女の背後からおよそ乙女にあるまじき重厚な爆発音が響き渡る。
彼女は顔を真っ赤にし、自らの尻を押さえながら絶望の表情で崩れ落ちた。
「さあ、エルシード。あんな騒がしいポエム(雑音)は無視して、俺たちの物語を完成させよう」
俺は黄金の書物の、最後の一ページに手を置いた。
そこは、まだ誰の言葉も刻まれていない、純白で、官能的なまでに滑らかな空白だった。
俺は指先に魔力を込め、まるで彼女の肌に触れるような繊細さで、一文字ずつ言葉を刻んでいく。
「……『そして、真実を識る者は、愛する者とともに、数字の支配しない楽園へと旅立つ。そこではすべての言葉が熱を持ち、すべての吐息が新しい世界の設定資料集となるだろう』」
書き終えた瞬間、黄金の書物から、これまでにないほど激しい光が溢れ出した。
その光は、俺とエルシードを優しく包み込み、重力から解放する。
「カイト様……。私、あなたと一緒に、もっとたくさんの『物語』を紡ぎたいです。……夜の帳の中で、一ページずつ、丁寧に」
エルシードが俺の首に腕を回し、潤んだ瞳でこちらを見つめる。
彼女のフレーバーテキストが、リアルタイムで書き換わっていくのが見えた。
『【幸福な伴侶】――彼女のすべては今、カイトという記述者のために開かれている。その身体の隅々まで、新しい愛の定義が書き込まれるのを、彼女は熱烈に、そして淫らなほどの期待感を持って待ちわびている……』
「ああ。俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ。……まずは、この世界の『隠しパラメータ』を全部試してみることにしようか」
俺は彼女の腰を強く引き寄せ、その唇を奪った。
光が最高潮に達し、世界が再構成されていく。
背後では、腐ったバナナを握りしめたガルトと、毒ガスのような屁を放ち続けるミーナが、真っ白に塗りつぶされていく世界の中で、永遠に届かない「効率」を求めて虚しく叫び続けていた。
「さらばだ。数字しか愛せない可哀想な人たち。……俺は、この世界の裏設定と一緒に、最高に情熱的な『ポエム』の中へ行くよ」
すべてが光に溶け、俺の意識は、エルシードの柔らかい温もりと、無限に広がる新しい物語の予感の中に沈んでいった。
この世界の取扱説明書は、いつだって読める者の味方だ。




