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第3話 裏設定が暴く『神の弱点』


『……その密林の奥深くに潜む女王は、湿り気を帯びた蔓を千の指先のように蠢かせ、迷い込んだ獲物の肌を執拗に、かつ愛惜を込めて這い回る。彼女の求めるものは、力による征服ではない。ただ、三千年の間乾ききったその秘芯を、甘美な雷撃で貫く知的な愛撫……。特定のふしを、産まれたての小鹿のように震わせながら弾けば、森の結界は快楽のあまり霧散するだろう』


「……ふむ。雷撃のような愛撫、か。なかなかハードな要求だな」


俺は、目の前でうねり狂う緑の迷宮――『快楽の密林』の入り口で、黄金のテキストを読み上げていた。

視界の先では、極彩色に彩られた植物たちが、まるで発情した獣のように、ねっとりとした蜜を滴らせながら絡み合っている。


「おい……カイト……。頼む、先に行ってくれ。俺たちは、もう……一歩も動けない……」


背後から、虫の息のような声が聞こえた。

振り返ると、そこには無惨な姿のガルトとミーナが転がっていた。

二人とも、女王の配下である『淫らなツタ』に捕まり、全身を執拗に締め上げられたらしい。

ガルトの自慢の剛剣は、蔦の蜜でヌルヌルに滑って使い物にならず、ミーナの魔道衣は、恥ずかしいほどあちこちが破けていた。


「助けて……カイト。あ、あの蔦……変なところばっかり狙ってきて……もう、魔法を唱える余裕なんて……あぁっ!」


ミーナが短い悲鳴を上げる。

彼女の太ももに絡みついた蔦が、まるで彼女の反応を楽しむように、さらにギュッと奥深くへと潜り込んだ。


「悪いな、二人とも。俺は『効率的』に動かなきゃいけないんだ。あんたたちがその蔦と戯れている間に、俺は最短ルートでボスの元へ向かうよ」


俺は、足元に落ちていた「ただの枯れ枝」を一本拾い上げた。

だが、俺の目にはその枝の『真の姿』が見えている。


『【雷神の接吻を受けし小枝】――かつて雷神が浮気相手のニンフを追い回した際、折れた枝。わずかな摩擦で、対象の神経を焼き切るほどの“快感の雷”を放つ。蔦の節にそっと挿し込めば、森全体が絶頂に達し、道が開けるだろう』


「よし。これを使おう」


俺は枯れ枝を手に取り、最も激しく動いている大蔦の『節』――そこは、まるで熟れた果実のように赤く充血していた――に向かって、電光石火の速さで枝を突き刺した。


バチリッ!


「キ、ギィィイイイイイイイイアンッ!!」


密林全体が、まるで生き物のように大きくのけぞり、震えた。

次の瞬間、ガルトたちを拘束していた蔦が、一斉に力を失ってダラリと地面に落ちる。

森の奥から、甘い、あまりにも甘い香りの霧が立ち込め、これまで頑なに閉ざされていた中央広場への道が、恥じらうようにゆっくりと開かれた。


「な、なんだ……今のは……? ただの枝を刺しただけだろ……?」


ガルトが、腰を抜かしたまま唖然と呟く。

俺は答えず、霧の向こうに鎮座する『真の脅威』を見据えた。


そこに立っていたのは、一人の騎士だった。

身の丈を越える巨大な盾を構え、全身を漆黒の鎧で固めた、伝説の守護者。


『【静寂の騎士・エルシード】――その盾は神の涙から鍛えられ、あらゆる物理、魔法、精神攻撃を弾き返す絶対防御の象徴。……しかし、その鋼の胸当ての下には、千年も抱きしめられることを知らぬ冷え切った乳房と、孤独に凍てついた母への思慕が眠っている。彼女の盾は、母の愛を知らぬ者には紙より脆く、“ある名前”を呼ぶ者にはバターのように溶けるだろう』


「……悲しい過去があるみたいだな。ポエムにしちゃ、少し重い設定だ」


俺が呟いた直後、ガルトが叫んだ。


「どけ、カイト! そいつを倒して、俺が汚名を返上してやる! 見ろ、俺の新しい秘技『剛力十文字斬り』を!」


ガルトが、死に物狂いで騎士に肉薄した。

渾身の力で振り下ろされた剣。

だが、騎士が盾を軽く構えた瞬間――。


キィィィィィィィィィィンッ!


鼓膜を突き刺すような金属音とともに、ガルトの剣が粉々に砕け散った。

衝撃だけで、ガルトは後方の壁まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。


「ひ、ひぃぃ……! あんなの無理よ! 攻撃が全く通じないわ!」


ミーナが腰を抜かして泣き叫ぶ。

騎士は一言も発せず、無慈悲に巨大な盾を掲げ、残された俺たちを圧殺しようと一歩を踏み出した。

地面が激しく揺れる。絶望的なまでの威圧感。


だが、俺は一歩も引かなかった。

俺は、騎士の鎧の、左胸のあたりに刻まれた微細な傷跡を見つめていた。

そこには、肉眼では決して見えない、血の色をした文字列が浮かんでいた。


『……この傷は、彼女が幼き日に、亡き母の首飾りを引きちぎった際に付けたもの。彼女は今も、その首飾りの真珠一粒を、鎧の内側、肌に最も近い場所に隠し持っている。彼女にとって、この戦いは贖罪。……もし、彼女の母の名を優しく、耳元で囁く者がいれば、その絶対の盾は自ら崩れ落ちるだろう』


「……誰も、君を責めてないよ」


俺は、騎士の突進をあえて真正面から迎え撃った。

死を覚悟したミーナの悲鳴が上がる。

しかし、俺は騎士の盾が触れる直前、神速のステップで懐へと飛び込んだ。


騎士の鉄兜。その隙間に顔を近づけ、周囲には聞こえないほどの低い声で、テキストに記された真実を告げた。


「……『リリア』。君の母親は、君を許しているよ」


その瞬間、世界の時間が止まった。


「――っ!?」


騎士の動きが、凍りついたように止まった。

無敵を誇っていた巨大な盾が、ボロボロと砂のように崩れ落ちていく。

鉄兜の中から、信じられないほど透き通った、震える吐息が漏れた。


「……なぜ……その名を……」


「俺の目には、君の隠している『物語』が全部見えているんだ。その鎧の内側、真珠が肌を傷つけていることも、君が本当は、もう戦いたくないと思っていることもね」


俺は、騎士の鋼の手袋を、優しく、しかし力強く握りしめた。

すると、あんなに強固だった漆黒の鎧が、内側から溢れ出す熱量に耐えきれず、パキパキと音を立てて砕け始めた。


それは、彼女が千年もの間、自分の心にかけていた『拒絶』という名の呪いが解けた瞬間だった。


鎧が完全に消え去った後には、一人の美しい女性が立っていた。

銀の髪を乱し、涙で瞳を濡らし、あまりの羞恥と解放感に、頬を林檎のように赤らめて。


「……あ、あぁ……」


彼女は力なく膝をつき、俺の胸に顔を埋めた。

その肌は、鎧の下でずっと抑圧されていたせいか、驚くほど敏感で、俺の手が少し触れるだけで、ビクンと小さく震えた。


「おい……カイト……。お前、一体何をしたんだ……?」


遠くでガルトが、呆然とこちらの様子を見ていた。

「最強の騎士」を、一言で無力化し、あまつさえ自分に依存させてしまった俺を見て、彼はもはや嫉妬すら忘れたようだった。


俺は騎士の背中を優しく撫でながら、肩をすくめて言った。


「言っただろ、ガルト。ただの『読書』だよ。あんたが剣を振っている間に、俺は彼女の心のフレーバーテキストを開いただけだ」


ミーナが、悔しそうに唇を噛みながら呟く。


「なによ……あんなの……。そんなの、ただのポエムじゃない……! ズルいわ、そんなの、反則よ……!」


「ポエムが世界を変えることもあるんだよ」


俺は、胸の中で震え続ける元・最強騎士の髪を優しく梳いた。

彼女の背中には、新しい黄金の文字が浮かび上がっていた。


『【解放されたエルシード】――彼女は今、自分を救った主のために、すべてを捧げる準備ができている。……その忠誠心は、夜の帳の中で、さらに深く、甘美な形となって発揮されるだろう……』


「……さて。攻略完了だな」


俺は、まだ涙を流している彼女を抱きかかえ、次の階層へと続く階段を見上げた。

そこには、物語の真髄、世界の根源へと続く、最後の一ページが開かれようとしていた。



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