第6話 商才の開花
私は作業台の上に積み上げられた乾燥植物の山を、手際よく三つの木箱に仕分けていった。
「これはAランク、香りが強いので料理用。こちらはBランク、染料として加工へ。最後のは廃棄ではなく肥料へ回して」
特産品開発室のスタッフたちが、私の指示をメモしながら慌ただしく動いている。
前回の「スパイ侵入未遂事件」から数日。
セオドアの過保護な警備体制(執務室の窓ガラスが防弾仕様になった)には少し呆れたけれど、私の日常は変わらず仕事中心で回っていた。
「リディア様、こちらのサンプルはどうしますか? 北方の商人が持ち込んだのですが、見た目が悪くて……」
開発室長が困り顔で差し出したのは、茶色く枯れた貧相な草の束だった。
鼻を近づけると、ツンとした刺激臭がする。
室長は「ゴミですね」と捨てようとしたけれど、私は慌ててその手を止めた。
「待ってください。これ……もしかして『火吹き草』じゃないかしら?」
「火吹き草? 聞いたことがありませんが」
「ええ、私の故郷……王国の言葉での呼び名です。向こうでは家畜が食べると腹を壊す厄介な雑草として知られていました」
懐かしい記憶が蘇る。
実家の領地では、夏になるとこの草が牧草地を埋め尽くし、父が「また生えたか! 燃やせ!」と農民たちを怒鳴り散らしていた。
私も子供の頃、手伝いで草むしりをさせられたものだ。
その時、指先がピリピリと熱くなったことを覚えている。
「でも、帝国ではこれと同じ成分を含む香辛料『レッドペッパー』が高値で取引されていますよね?」
「ええ、寒い帝国では体を温めるスパイスは必需品ですから。ですが、ほとんどが南方の国からの輸入頼みで、価格が高騰しています」
私は枯れた草の葉を少しちぎり、舌に乗せてみた。
強烈な辛味と、その奥にある独特の旨味。
間違いない。
王国の雑草は、帝国の高級スパイスよりも質が高い。
「室長。これを乾燥させて粉末にする機械はありますか?」
「ええ、魔導粉砕機ならすぐに用意できますが」
「試作をお願いします。これは、化けますよ」
私の予想は的中した。
粉末にされた火吹き草は、鮮やかな深紅色になり、既存のスパイスを凌駕する芳醇な香りを放った。
スープに一振りするだけで、体が芯から温まる。
試食したスタッフたちが「なんだこれは!」「美味い!」と目を輝かせた。
「す、すごいですリディア様! これなら輸入コストを大幅にカットできる! すぐに大量仕入れを……あ」
室長の表情が曇る。
そう、問題はそこだ。
「原産地は王国……現在、国交断絶中の相手国です。正規のルートでは輸入できません」
室内の空気が重くなる。
宝の山を見つけたのに、手が届かないもどかしさ。
けれど、私は机の上の地図を広げ、赤いペンを取り出した。
(諦めるのはまだ早いわ。計算しなさい、リディア。抜け道はあるはずよ)
王国の国境線と、帝国の国境線。
その間に挟まれた、小さな自治領に目が留まる。
「……ここ、『自由都市ベルン』を経由しましょう」
「ベルンですか? あそこは中立を謳っていますが、手数料が高いですよ」
「直接取引するよりはマシです。それに、王国側の商人は今、不況で在庫を抱えて困っているはず。私が知っている商会に手紙を書きます。『廃棄寸前の雑草を買い取る』と言えば、彼らは喜んでベルンまで運んでくるでしょう」
私はペン先で地図上のルートをなぞり、さらに帝国内の南部に丸印をつけた。
「並行して、帝国内での栽培も進めます。南部の飛び地なら気候が似ていますし、魔導温室を使えば冬でも収穫可能です。輸入で時間を稼ぎつつ、一年後には完全国産化を目指します」
一気にまくし立てると、室長がポカンと口を開けていた。
あれ、私、また何か変なことを言ったかしら?
「……完璧です。物流ルートの構築から国内生産への移行プランまで、一瞬で組み上げられるとは」
「た、ただの思いつきです。計算が合っただけですよ」
謙遜ではなく本心だ。
私にとって、数字と物流のパズルを解くのは、呼吸をするのと同じくらい自然なことだったから。
◇
それから数日後。
帝都の新聞各紙が一斉に号外を出した。
『新スパイス「エンペラーレッド」発売! 味良し、価格良し!』
『物流の革命児、リディア補佐官の偉業』
『帝国、長年のスパイス不足から脱却へ』
朝食の席で、セオドアが満足げに新聞を広げている。
一面には、少し恥ずかしそうに微笑む私の似顔絵が大きく掲載されていた。
「大絶賛だね、リディア。市場では既に売り切れ続出だそうだよ」
「……恥ずかしいです。まさか新聞にまで載るなんて」
「何を言う。これは君の実力だ。誇っていい」
彼は新聞を丁寧に折り畳み、テーブルの上に置いた。
その視線が、ふと窓の外へ向けられる。
「この新聞は、帝国内だけでなく近隣諸国にも流通する。情報の速さが帝国の武器だからね」
「近隣諸国……」
「ああ。きっと、君の故郷にも届くだろう」
セオドアが意味深な笑みを浮かべる。
私は手元のスープ――開発したばかりのスパイスが入った、ピリ辛のスープ――をスプーンで掬った。
王国の人々は、今頃どうしているだろうか。
彼らが「雑草」として燃やし、邪険にしていたものが、海を越えて黄金に変わったことを知ったら。
父は、カイル様は、どんな顔をするだろう。
(……きっと、地団駄を踏んで悔しがるわね)
想像すると、少しだけ胸がすっとした。
でも、それも今の私には遠い世界の出来事だ。
私は隣で微笑む婚約者に向き直り、温かいスープを口に運んだ。
ピリリとした刺激が、明日への活力をくれた。




