返して、神サマ
まずい。口から出任せでもいいから、何とかこの場を言い逃れなければ。
俺はあえて立ち上がり、胸を張って両腕を組んだ。
「……あ~あ~、ごちゃごちゃごちゃごちゃ……どいつもこいつもうるせえなァ!」
オヤジの眉がぴくりと動く。背後でツィリルが息を呑んだのがわかった。
ロガビュが目を剥く。
「貴様、魔王様に向かってその態度――」
「うるせえ! てめえの部下に騙されてンことにも気づいてねえマヌケは黙ってろ! 俺はオヤジと話してんだッ!!」
「な――ッ!? き、貴様、何という口の利き方を……!」
ロガビュが再び剣の柄に手を置いた。だがそれを、魔王が片手で制する。
だから俺は遠慮なく続けた。
「いいか、オヤジ殿? 俺をそこのマヌケと一緒にすんな。竜の閨が人間ども奪われたァ? 俺のせいだろうがそこのマヌケのせいだろうが、んなもんどうでもいいわ」
「ほう?」
「なぜなら、数日もありゃ、俺とツィリルだけで取り返せるもんだからな」
「おもしろい。やれるのか?」
「逆に聞きてえ。俺にとっちゃそんな難しいことでもねえが、あんたらにゃできねえのか?」
沈黙の中に怒気だけが広がる。
魔王のものではなく、ロガビュのだ。血走った目で俺を睨みつけている。
それでも魔王の手前だ。オヤジが口を開くまでは、つぐんでいるつもりらしい。
「……」
だが正直に言う。この発案は、苦し紛れに出たハッタリだ。
背中なんて、そらもう汗まみれよ。心臓も痛えくらいバックバク鳴ってるし、足も震えねえようにするだけで精一杯。
だからこそ余計に胸を張り、口元には笑みを貼り付け、やつらを睥睨した。
やがて押し黙る魔王に対して焦れたのか、ロガビュが静かに吐き捨てる。
「貴様、この期に及んで出鱈目を……! 彼の地には剣聖と賢者がいるのだぞ!」
「はぁ~ん? 何ならそのふたりの首もついでにもぎ取ってきてやろうか? あんたは賢者アイオールを追い返すだけで? あー、なんだっけ? 精一杯だったっけ? みてえだけどなァ?」
「ふざけるな――ッ!!」
しかし魔王の手前だ。ロガビュの言葉は続かなかった。これ以上オヤジを刺激して飛び火を恐れているのは、俺だけでじゃねえってこった。
ああああ、怖え。見下ろされている頭部に穴が空いちまいそうだ。
「……」
永遠にも思えるほどに、ただ静かな時間だけが過ぎていく。
やっぱ両手をついて土下座しよっかな……などとアホなことを考えた瞬間、魔王がゆっくりと息を吐いた。
「よかろう。やってみろ。見事、あの地を取り戻した暁には、望む褒美を何でも授ける」
「……!」
ロガビュの視線が俺からオヤジへと移った。
「父上! それはいくら何でも……!?」
当然だ。次期魔王の地位すら含まれるという意味だからな。……や、すっっっげえ要らんのだが。
魔王は続ける。
「――ただし、次はない。たとえ血を分けた息子であろうとも」
あばばばば……。
ロガビュが怒りにまかせて拳を柱へと叩きつけた。自然石の柱が拳にえぐられ砕け散る。
だが俺を血走った目で睨むと、やつは踵を返し、足音を立てて謁見の間から出ていった。俺はわずかに安堵する。
あらためて魔王を見上げ。
「肝に銘じておきます。必ずや期待に添――」
その言葉を遮って、オヤジがなんとも言えない表情でつぶやいた。
「ラドルファス」
「はっ」
「貴様、変わったな……。ああ、いや……」
それは不思議と穏やかな声色だった。
ほんの数日前までの俺には、決してかけられることのなかった優しい言葉と声だ。
「必要なものはあるか?」
「副官のツィリルがいれば何も。彼女を連れ出すことをお許しください」
「構わん。好きにするがよい」
俺は最後に軽く頭を下げると早々に踵を返し、謁見の間の入り口付近で腰を抜かしたままだったツィリルの腕に自身の腕を絡めて立ち上がらせた。
「行くぞ」
「は、はい……」
謁見の間を出て廊下を足早に歩いていると、ツィリルがかすれ声で尋ねてくる。
「あ、あの、殿下? 竜の閨の奪還って、本当にそのようなことが可能なのでしょうか? わたしたちふたりだけで? どうやって?」
歩く。歩く。歩く。とにかく早足で歩く。
誰もいないところで、俺は早口に吐き捨てた。
「……んなわけあるか。あんなもんその場しのぎの口から出任せに決まってんだろ。奪還なんざむりむり! 剣聖と賢者が揃ってんだぞ?」
「は? え? はぁ!? どうするんですかっ!」
「うはははっ、どうするもこうするも」
給仕が通り過ぎるたびに、俺たちは口をつぐむ。彼ら彼女らの足音が消えてから、ひそひそ話の再開だ。
「逃げるんだよォ!」
ツィリルが立ち止まった。
目を見開いて首を振り、両腕を開く。
「ちょっと!? 嘘でしょう!? 魔王様にあんな大見得を切っておいて!? ただのハッタリだったんですか!?」
「おうよ! 人生にビッグマウスは必要だぜえ? はっは、営業の経験が役に立ったぜ! 弊社の商品最高ですよォってな!」
「な、なな、何を言っているのか――」
俺はツィリルの手を取って、強引に引っ張って歩いた。
「ほら急げ、おまえも来るんだよ! ここを離れちまえばこっちのもんよ!」
「え?」
「え? じゃねえだろ。ここで俺を見捨てて残っても、責任取らされてオヤジや兄貴に処刑されるだけだぞぅ?」
頭を抱えたツィリルが両手で激しく髪を掻いた。
「ひぃん……ああああもおぉぉぉぉ……。……神サマ、どうか可愛かった頃のわたしの殿下をお返しくださぁぁ~い……」
うはははは、ごめんて。
綺麗な髪がボサボサだよ。美人が台無しだ。
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