魔王さんはオコ
ゴトリー・オルロンド。我が父であり、魔族領域、すなわちブライローズ連邦を統べる偉大なる現魔王でもある。体躯は巨人族に負けず劣らず大きく、豪腕にて竜鱗をも打ち砕き、無尽蔵の大魔力は霊峰すらも消し飛ばした――と、言われている。
虚飾など不要とばかりに、むしろ己が肉体を誇示するかのような格好は、見るものがたとえ魔力を感じ取れずとも、無条件に伏したくなる威圧だ。
「……ッ」
巨大な椅子さえ矮小に見えるほどに大きな身を置いて、オヤジは両膝に両肘をついていた。あまりに小さきものである俺を、身を乗り出すように睥睨するためだ。
いくら人生二周目でも、こりゃさすがに気も引き締まるってもんで……。
つーか、なんでこんなバケモンに愛されたいとか思ってたんだよ、昨日までの俺。
まあでも今回は友軍の殿となって撤退を補助したことに対する報奨の話だろうから、問題はないはずだ。その割に空気は悪い気がするけれど。……気のせいか?
「お呼びでしょうか、父上」
魔王が地獄の底から響くような低い声を発する。
「ラドルファス。貴様、ロガビュの戦域に乱入したらしいな」
そらきた。やはり撤退戦の話だ。
報酬だな。多ければ多いほどいいってもんだ。
「ええ。最前線の激戦区にて友軍の苦戦を聞き、微力ながらと副官ツィリルとともに駆けつけた次第です」
そのおかげで被害は最小限に済んだ。
「ロガビュの指揮下には入ったのか?」
「いえ。独断にて行動いたしました。……それが何か?」
手柄を兄貴に分けてやるほど、俺の人間性はできちゃいない。なんせ命がけで苦労したからな。ツィリルには半分分けてやらんとな。
だが、そんなことを考えた次の瞬間には、雷轟のような怒声が俺の頭部を打ち砕くように降ってきていた。
「――この愚か者がァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
全身がすくんだ。息を呑んだ。
まるで鼓膜を貫いて脳を掻き回すように、魔王ゴトリーから発生した音波が謁見の間全体を震わせた。
一瞬で毛穴が開く。俺も、ツィリルも、その隣の執事も、一斉に血の気が引く。
殺気だ。殺気が重力となって平伏せよと俺たちを頭から押さえつけてくる。物理現象のように。
心臓がキュウと縮む。ただただ目を見開く。冷たく粘ついた汗が全身から染み出した。
死んだかと思った。まるで刃物を首にあてられているかのような気分だ。
だが一度は腰を浮かせたゴトリーは、大きな掌を自身の額にあて、玉座へと再びその腰を置いた。口を閉ざし、葛藤するようにうつむく。
代わりに、唯一謁見の間で平然と立っていた兄ロガビュが口を開いた。
「俺の配下は、ラドルファス。出来損ないの弱き王族たる貴様が戦場に降り立ったことで、その護衛に人数を割かねばならなくなり、陣形を崩し敗走に繋がったと語ったぞ。此度の戦の敗因は貴様だ」
「あ……?」
本気で言っているのか?
「冗談じゃねえぞ、兄上! 俺とツィリルが渓谷に降り立ったとき、すでにあんたの軍は敗走を始めていた! 俺たちはそれを救うために――」
「ふざけるな! そのようなことはあり得ん! 我が軍は魔王軍きっての強軍だ!」
ロガビュはオヤジとは違って俺とそれほど変わらない通常体型だ。服装も人間の王族のように煌びやかなものを好み、自身を飾り立てる。真っ赤なマントなんざ趣味悪いのなんの。一族そろって同じなのは、黒い髪と黒い目くらいのものか。
だが、内包する魔力はすでにオヤジのそれに近づいている。そもそも件の戦場にロガビュがいたなら、たとえ相手が剣聖であったとしても敗走は考えられなかった。
「……あんたこそ、なぜ渓谷にいなかった?」
ぴくり、とロガビュの眉が痙攣した。
けれどすぐに眉間に皺を寄せ、俺を睨む。
「〝賢者〟だ! あの忌々しい女がドゥール平原に兵を連れ現れた! 俺はその対処に当たらざるを得なかったのだ!」
剣聖の称号を持つグロッツメレンと並んで、人間族の希望と呼ばれる女だ。魔族と比して魔力含有量の低い人間族でありながら、魔術の術式理解を深め、その限界を突破してきた厄介な天才。
この女は剣聖以上に、魔王軍に損害をもたらしてきたバケモンだ。
名は確か、アイオールといったか。
「ラドルファス、貴様に問う。俺や父上以外の誰が、あの女を止められる? 貴様か? そこで卑屈に怯えている貴様の副官か? ――嗤わせるなッ!!」
こりゃどうにも分が悪ィな。ムカつくが。
「待ってくれ! 俺は本当に嘘などついていない! 俺がいなきゃあんたの軍は――」
「まだ抜かすか!」
何にせよ、ロガビュの配下が報告を歪めたのだとしたら、元より信頼のない俺の立場はもう変わらんだろう。父にとってロガビュ旗下の信頼度は、ロガビュ本人の信頼度だ。
ロガビュが腰の剣に手を掛けた。
「そこへ直れ、ラドルファス! 出来損ないの責は兄である俺が取ってやる!」
「アホくせぇ……!」
こんなことで殺されてたまるか……! 勝てんだろうが、せめてツィリルだけでも……!
やむなく、俺も剣に手を掛け――た瞬間、俺と兄貴の殺気を呑み込むほど、殺意の濃度が増した。俺はもちろん、今度はロガビュすらも青ざめる。
そうして魔王は静かにつぶやく。
「黙れ……」
後方でドサリと音がした。振り返ればツィリルが腰を抜かしている。
魔王はそこに一瞥することもなく、淡々とつぶやいた。
「もういい。やめろ。失望した。主戦場たる渓谷は、ついに人間軍に押さえられたのだ。もうすべてが遅い。戦場が渓谷を越え領地内に及べば、必ず民に被害が出る。――ラドルファス、おまえはその責をどう取るつもりだ」
渇いた喉が鳴る。
こりゃだめだ。本当に殺されちまう。
だったらいっそのこと……!
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