不穏な空気ぃ~
前世を思い出したとはいえ、今世での帰宅場所は決まっているわけで。
あれ以来追っ手が現れることはなく、俺たちは無事にラーナケイン大森林を抜けて街道を歩き、魔都ブライローズへと生還することができた。
ここが魔族領域――ブライローズ連邦の中心となっている、魔人の都だ。
うずくまる傷病兵らがちらほら見えるが、都は基本的にはいつもと変わらず賑わっている。傷病兵に差し伸べられる手も少なくない。ただし、魔人種には、だ。獣人や亜人は、路地で力なくうなだれている。
ブライローズは住民のおよそ六割を魔人種が占め、残る三割以上を獣人と亜人が、そして一割以下、わずかばかりの妖精族が暮らしている。そこには確かなヒエラルキーが存在している。
だがこれは魔都の中だけでの話だ。
連邦の他の州では、妖精族と並んで圧倒的に魔人の数が少なくなる。大半が獣人だ。やつらは一度の出産で何体も生まれるからな。絶対数が多いんだ。
当然、獣人の支配する街では、魔人に手を差し伸べられる手が減る。
連邦国家ってのはそういうもんだ。
魔族とひとくくりに言っても、実のところ魔人の数は全体から見りゃ一割以下だ。妖精ほど少なくはないが、それでも種族の立場的に決して恵まれた存在ではない。魔王が魔人から選ばれているのは、暴力、すなわち魔力総量の差に他ならない。
個の力こそがすべて。一番強いやつに他が従う。それが唯一、魔族の掟だ。
「どこも変わらねえな」
「どうかしましたか?」
脳裏をよぎったのは前世の世界だ。独裁者なんて珍しくもねえ。
「なんでもねえよ」
ま、俺にゃ肝心の強さはなかったんだが。だから後継者争いから弾かれた。つい先日までは身の程知らずにも、それでも魔王を目指しちゃいたけどな。
甘ったれたくっだらねえ理由でな。思い返しゃ顔が染まるくれえ恥ずかしいね。
「今回も生還できましたね」
「んだな」
「……いくら親子でも、魔王様の前ではその口調はあらためてくださいよ。頭がおかしくなったと思われますよ。なってますけど」
いつも一言多いんだよなあ。
「へ~いへい」
「へいは一回! あ……」
失言で赤くなってら。
「Hey! わっかりましたっ」
「もう! こんな子じゃなかったのに!」
「気分はおっさんだからぁ」
「ウザい」
心を的確にえぐってくる三文字を選ぶもんだなあ。
「おまえさんこそ、そんなに口悪かったっけ?」
「……」
「そうかぁ。無視かぁ。そうですかぁ。はい」
魔都中心街レイニー地区。
魔都の行政を司る地区だ。区画整理されているブライローズの中にあって、ひときわ白く美しく輝く一画。その中央に偉っそうに聳え立ってんのが我が家。
すなわち、現魔王ゴトリー・オルロンドが鎮座する、通称〝魔王城〟だ。
見上げてため息をついた。
帰りたくね~。前世で言えば出社するときの気分に近いわ。
「ラドルファス殿下!」
俺の姿を認めた門衛の魔人らが、慌てて出迎えてくる。
俺なんぞにへりくだったところで何のメリットもないと思うが。
「よくぞご無事で!」
「おお。あんがとさん」
「……へ? ええ……?」
いつもと態度が違いすぎたせいか、怪訝な表情をされてしまった。
だが門衛の魔人は慌てて表情を引き締め、神妙な面持ちで口を開く。
「魔王様がお呼びです。帰還次第お伝えせよと」
「オヤジが? ――ンイッ痛!?」
直後、ツィリルに尻をつままれて俺は言い直す。
「ち、父上が?」
ちくしょう、ツィリルめ。新しい扉が開いたらどうしてくれるんだ。最高だろ。
「はい。此度の戦についてのことらしく」
そっか。兄貴の手勢の撤退に一役買ったから、珍しく報奨でもくれるんだろうか。別にもう会いたいとは思わんが、せっかくだ。もらえるもんはもらっとくかね。
「わかった。すぐに向かう」
「ハッ!」
それだけを伝えると門衛は自身の立ち位置へと駆け戻り、大鉄扉へと向けて大声をあげた。
「――開門! 開門! ラドルファス殿下! ご帰還!」
大鉄扉がその身を軋ませながら、ゆっくりと開かれていく。
ちなみにこいつは簡単な絡繰り仕掛けだ。取っ手を回せば頑丈に編まれた縄が引かれ、歯車が回る。いかに魔人でもこのレベルの大鉄扉を素手で開くには、十数名を要する。
魔法仕掛けにすることも可能だが、その場合は魔法術式に詳しい賊がひとりでもいれば、簡単に開けられちまうかららしい。
ハイテクほど落とし穴があるのは、前世と同じだな。
入城し、並ぶ給仕の亜人らに出迎えられながら、俺はエントランスを進む。つい先日までは見飽きてなんとも思わなかった給仕服も、前世を思い出したいまはかわいらしく見える。ネコ科の獣人メイドちゃんとかやばいだろ。腰叩いてゴロゴロ言わせてえ。
「何を鼻の下伸ばしてるんですか」
「伸びてない」
「伸びてましたよ」
「伸びたこともない」
広い赤絨毯の廊下も、居並ぶ石像も、なかなか大したもんだ。
この石像はゴレムやガーゴイルと呼ばれる、魔法で作り出された命の模造品だ。侵入者がいた場合にのみ、こいつらは一斉に動き出す。意思は存在せず、食い物も必要なく、魔力さえ供給すりゃ壊れるまで働き続ける。
はっはっは、前世の俺みてえ!
泣けるわ……。
木造の大扉の前に立っていた年老いた執事魔人が、俺とツィリルの姿を見て扉を開いた。
「お帰りなさいませ、ラドルファス坊ちゃん」
「坊ちゃんはよせ」
「失礼いたしました」
謁見の間。
そこには玉座に腰を下ろす、ひときわ体躯の大きな魔人と、そしてその右側には兄ロガビュが従うように立っている。我が家族ながら、おそるべき威圧だ。
第二王子レヴィリアの姿はないな。ロガビュほどではなくとも力はあるのだが、あの人はただのいい加減な自由人だから。
……んん? 先日までの俺ではだめだったが、いまならむしろいい酒が飲めそう!
玉座の前まで歩み寄り、俺は形式的に片膝をつく。
「ただいま戻りました。父上、兄上」
ちなみにツィリルは入り口近くに控える執事とともに立っている。魔王に近づくことを許されてはいないからだ。
魔王からの返事はない。
ただ、いつも俺を見るときの興味の失せた目に、ほんの少し、苛立ちの色を滲ませていただけだった。
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