便利っちゃ便利
おそらくツィリルの結界魔法のひとつ。幻術だ。いま俺たちの姿は大地に溶け込んで見えている。ただし、あくまでも視覚に対する詐術に過ぎず、臭いや音、気配は誤魔化せねえ。
ちなみにこの魔法も俺が開発し、彼女に教えたものだ。自分じゃ魔力が足んなくて身体の一部を隠すモザイク程度にしか使えねえから。はっはっは。……便利っちゃ便利か。
追跡者とおぼしき騎兵と十分に距離が離れたところで、俺は両手を枕にして仰向けになる。
草木のニオイは嫌いじゃねえ。コンクリートジャングルよか百倍いい。見上げりゃ木々の隙間からは満点の星空よ。命かかってなきゃ最高なんだけどな。
そんな俺の態度が気になるのか、ツィリルは怪訝な表情を見せながら再び口を開いた。
「友軍の撤退が終わり、わたしたちも逃げようとした瞬間、運悪く戦場に〝剣聖〟が現れました」
「マジかぁ。うっへぇ~。あいつの剣を頭で受けたのかよ。よく生きてんなあ、俺」
「それには同意します。頭が真っ二つになってもおかしくはありませんでしたから」
人間族の希望と呼ばれる〝剣聖〟。確か名は、何ちゃら・グロッツメレンだったか。
その称号に偽りなしだ。真っ当な剣術ならば俺の遙か上をいく。その剣は苛烈。烈風を生み出し、すべてを薙ぎ払う。
石頭でよかったぁ~……で済む問題でもないんだろうな。たぶん。
「ラドルファス殿下は赤い霧の死角から頭部に彼の剣の一撃をもらって、無様に気絶していたのです」
ねえ、無様ってつける必要があった? 心配かけたから怒ってんのか?
目ぇ怖えな。男たるもの、こういうときこそ場を和ませねえとな。
「頭に剣聖の一撃を? やべぇ、ハゲてない? ちょっと頭見てみて?」
戯けながら言ってやると、ツィリルが眉間に皺を寄せてムッとした表情になった。
「残念ながら、髪は無事ですね」
残念ながらって前置き、本当に必要だった?
「頭の方は少々壊れたようですがっ。さっきから人が変わったようになってるのは何なんですかっ」
ひでえ。ちょっと冗談なのに。これだから若え娘さんはよぉ。
……や、俺の方がツィリルより若えんだったわ。
「しかし本当に軽傷とは。とっさに極小結界を張ったのですか?」
「さてなあ。剣聖が手ぇ滑らせたんじゃね? 知らんけど」
思い出せねえ。その瞬間のことは。
だが。その剣聖のおかげで、別の、それもか~なり余計なことを思い出しちまった。おかげで人格がこの有様よ。
「……ちゃらんぽらんすぎる……。……やっぱり打ち所が悪かったのかしら……」
「聞こえてるぞぅ」
「聞こえるように言いました」
そのせいで、いつになくツィリルちゃんの態度が冷たい。
ああ、これは肩肘立てて寝っ転がってるからか。居間でテレビでも観てるみたいにな。
ま、この世界にゃそんなもんはねえんだが。
「単刀直入に言わせていただきますが、何か先ほどまでのラドルファス殿下とは違って見えます。口調も態度も、いつもとは違っているような。妙に落ち着いているというか、むかつくというか。少し雰囲気が……変わりましたね」
マジで心配そうな目ぇすんな。俺の方が怖くなンだろうが。
「堅っ苦しいな。これからはラドでいい」
「ええ……」
だが、実際にそうなんだよなあ。
ツィリルは俺という人格をよく見ている。なぜなら彼女のその感想は、見事に的中していたからだ。
「ん~。人が変わった、か」
当たらずとも遠からず、だ。
「一気に成長したとでも思ってよ。それこそツィリルを追い抜いたくらいに。んで、ついでに宣言しとく。もう親の愛求めるガキみてえな生き方はやめだ」
ツィリルは首を傾げている。
わかんねえか。
「今日みてえな危険はもう冒さねえよって、そういう話だよ」
「はあ……。それ自体は歓迎しますが……」
すぐにジト目になって。
「――その宣言、何かのフリじゃないですよね?」
「わははっ、信用ねーな。何も企んでねえよ」
剣聖にぶん殴られての気絶中、俺はおかしな夢を見ていたんだ。人格を変えちまうほど長え長え夢を。
それこそ、ヒトの一生分を生きたような。
……余計な前世を、思い出しちまったんだ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




