そしてこうなった
物心ついた頃から、すでに忌み嫌われていた。魔王である父は最初から僕に興味など示さず、優れた能力を持つ長兄はことあるごとに僕を嘲った。二番目の兄は同情の視線を向けるのみで、だけど手を差し伸べられたことはない。
僕はみんなを愛していたのに、誰も僕を愛してはくれなかった。
魔王ゴトリー・オルロンドの第三子としてこの世に生を受けた僕は、本来であれば誰からも祝福される存在になっていたはずだった。
けれどどうやら僕の母は、怨敵である人間族の騎士だったらしい。戯れにさらった捕虜の女が魔王の子を宿した。ただそれだけのことだ。
幼い頃、その事実を長兄ロガビュから突きつけられたとき、すでに母は魔王宮から姿を消していた。その後の消息は知らない。逃げた捕虜の女、それも人間族の行く末など、父を含む一族はおろか、宮殿の誰しもが気にもとめぬ些末な出来事だったからだ。
それは僕にとっても。
母の顔も声もぬくもりも、何も知らない。
親のことで知っているのは、強く、高潔で、数多の種族を力で従える偉大な父の背だけ。
ずっと追ってきたのは魔王の背中だ。
そのようなことよりも僕には気にすべきことがあった。この身体には、オルロンド一族に代々備わるはずの膨大な魔力が欠如していたんだ。
長兄のロガビュは、ろくに攻撃魔法のひとつも使えない僕を一族の恥だと罵った。何も言い返せなかった。
父は何も言わなかった。ただ一度、失望の視線を向けただけ。以降は僕のことなど見向きもしなくなった。
何度戦いに赴き、何度も生き抜いて、何度生還しようとも、偉大な父が僕に言葉をくれることはなかった。この方法ではダメなのだと悟った。
だから僕は一族を見返すため、いや、父である魔王に認めてもらうため、魔法の研究に没頭した。新たな魔法を生み出し魔王軍全体を強化できれば、僕を見てもらえると思ったからだ。力が足りずとも、頭脳でなら、まだ戦える。
……そう思った。
だけどいくら研究を重ねても、いくら新たな魔法を開発しようとも、自分自身にはそれを実践するだけの魔力さえない。そんな僕の魔法を、正規軍の誰が採用しようなどと考えるものか。兄は一笑に付し、父は無関心。
――俺は、ただ、誰かに、認めてほしかったんだ……。
アホくせえことにな。ガキみてえに心で泣き叫んでたのさ。情けなくて笑えるぜ。
んん。
……ああ、そういや、俺を認めてくれるやつがひとりだけいたか。
変わり者の魔人が。
「~~!?」
息を大きく深く吸う。
毛穴が開いた。心臓が爆音を立ててやがる。とんでもねえ量の汗を掻いている。
目を覚ました俺は冷たく湿った大地から顔を上げ――かけて、後頭部から何者かの手で地面へと押さえつけられた。
「――っ」
「伏せて……! 目を覚ましたならお静かに……! 追っ手が近いです……!」
声。聞き慣れた女の声だ。
すぐ横で伏せている彼女の姿に、俺は安堵する。
唯一、俺を俺として見てくれた魔人ツィリル・レッキアだ。よかった無事だった。
……てか、ここはどこだ? 俺は何をしていた? あん? 俺……は……?
いつの間にか渓谷ではなくなっている。
地面は湿っているが藪の中にいた。森だ。察するに竜の閨に繋がるラーナケイン大森林か。月は高いな。まだ夜だ。あれからいくらも経ってねえ。
頭が回り始める。んで、ちょっと笑けた。
……個人的にゃ、もう何百年も経過した気分だ。
ツィリルが俺を背負って逃げてきてくれたのか。
頭が割れるように痛みやがる。古い記憶が流れ込むたびに血管が破裂しそうだ。
「……傷はありますか?」
「……頭んてっぺんが痛えが問題ねえ。それよかツィリル、あれからどうなった……?」
「……?」
怪訝な表情をしていやがる。
ああ、そうか。さっきまでとは話し方が変わっちまったからか。
咳払いをひとつする。
「……報告を頼む」
俺たちは友軍の撤退戦に飛び込み、生と死の境目で戦っていたはずだ。
ツィリルは赤い瞳を左右に動かし唇を動かしかけて、しかし閉ざした。ご丁寧に俺の口を掌で塞いでな。
「――っ」
理由は明白だった。
そのわずか数秒後、俺たちの鼻先、わずか掌一枚分ほどの距離のところを、三頭分の蹄鉄が通り過ぎていったんだ。草木を踏みならしながら。
一度でも見っかったら囲まれてアウトだ。
止めていた息を同時に吐く。
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