武人のユーモア
見失った――!
全身の神経を尖らせる。風の乱れを感知して自身の脇腹を守るようにアンフィスバエナの片割れを持ち上げ、切っ先を下げた――瞬間、全身に衝撃が走った。
遅れて強烈な金属音が鳴ったのはそれからだ。
「ぐ……っ」
両足が地面から離れて吹っ飛ばされ、俺はどうにか地面に片足をつける。想定通り、異常な速度で先回りしてきたドルグシンは、ようやく地面についた俺の足首を狩るべく剣を薙ぎ払う。
だから防げた。
寸前でアンフィスバエナの刃がドルグシンの剣の刃の侵攻を、地面近くで妨げる。
「う……お……」
速え……し、重っっってえ――ッ!
「んがッ!?」
が、力任せに振り切られたせいで、俺は足下をすくわれる形で宙へと打ち上げられてしまった。地面が頭上に、空が足下にある。
そして地面ではすでにドルグシンが剣を構えている。
落下――。
まずい。体勢が変えられん。
「終わりです、坊ちゃん」
ドルグシンの剣を受けることはできるが、その場合は地面に頭から叩きつけられるか、再び打ち上げられるか、かっ飛ばされるかだ。着地を優先して身をひねれば、ドルグシンの剣を受け止められなくなる。
普通の魔人が相手ならな。
ところがどっこい、俺は普通じゃあない。
空中で落下しながら、ツィリルに手を出すなと一瞬だけ視線を送った。
なんかあくびしてら……。
落下に合わせて、ドルグシンが剣を振る。
俺にはそれを防ぐしか選択肢はない。そうして叩きつけられ、とどめを刺される。それがドルグシンの描く勝利への筋書きだろう。
だが。
自然と口角が上がる。俺は魔剣をまだ振らない。
ドルグシンの放った剣は、俺の頭部をかち割る――ことなく、その切っ先で鼻先を掠めて振り切られていた。
「――ッ!?」
ドルグシンが驚愕に目を見開く。やつの混乱が伝わってくる。
目測を誤り、剣を早く振りすぎた?
違うね。
半端者が固有魔法を隠し持っていたか?
それも違う。
生まれつき微量の魔力しか持たない俺には固有魔法など宿ろうはずもない。
「おお――!」
剣を振り切った体勢のドルグシンの肩口へと、俺はアンフィスバエナの刃を斬り下ろした。それは右の肩口から入り、肉と骨を断って剣を握る豪腕を吹っ飛ばし、真っ赤な血や白い肉片とともに抜ける。
「な……っ!? ぐ……!」
俺が地面に落ちる頃にはもう、勝負は決まっている。
悠々と受け身を取り、膝を立てた俺は、魔剣アンフィスバエナを一度振って血を払ってから鞘へと戻した。
腕と剣を失い、大量に失血しながらも、ドルグシンはまだ立っていた。いまだ混乱は冷めやらずといった表情ではあるが、大した武人だ。
さっさと気絶すりゃ楽になれるものを。矜持か、あるいは興味か。
どうやら後者だったらしい。やつはガキのように楽しげな笑みを浮かべていた。
「いま、私は何をされたのです……? 殿下が空中で……一瞬だけ静止したように見えたが……」
奇策だ。ツィリルが舌に結界魔法を隠しているように、俺にも微量の魔力で発動できる魔法がある。
前世で言えば超能力の念動力が近い。
重量にかなりの制限はあるが、手を触れずに物体を少しだけ動かせる。いまは自分の肉体をコンマ以下だけ空にとどめた。いや、かろうじて落下速度を低下させた。これが俺の極小魔力でできる限界だ。
結界魔法と超能力。
かつて軍部が嘲笑し、取り合ってすらくれなかった俺の研究成果を、もういまさらあらためて教えてやる義理もねえ。というか、こいつはタイマン且つ一回こっきりで有効な騙し討ちだ。ネタバレしたら次は通じねえ。
だから。
俺は肩をすくめて、すっとぼけてやった。
「さてなあ。あんたが勝手に目測を誤っちまったんじゃねえの? 老眼、始まってない?」
「ふ……ふふ……、……見……直しましたぞ……」
巨体が膝から崩れて草原に倒れ伏したのは、その後だった。
……ドルグシンなりのサービスだろうか。……いや、あるいはユーモアか。
きっちり尻を立てて無様な感じに倒れてくれていた。
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