天下の往来
魔人同士の戦いにおいて固有魔法は、その勝敗を大きく左右する。当然、ネタが割れている方が対処可能な分、不利となる。
ドルグシンの固有魔法は不明だ。戦場でもそれを見たことがない。
というか、俺とツィリルはどこにも属さねえ――属させてもらえてなかった独立遊軍扱いだから、将軍クラスがどこで何やってんのかなんて知らされもしねえ。
だがいまの速度、通常ではあり得ない。まるで〝剣聖〟のようだった。いや、それをも凌ぐように見えた。
不可視で異常なほどの速度。だとすれば、付与系列の可能性が高そうだ。わかんねえけど決め打ちで動くしかねえのが、魔人との戦い方だ。
そんなことを考えた瞬間、俺の背後でゴッという鈍い音が響いた。振り返ると崩れ落ちていたオフリーが尻を立てて頭から地面に突っ伏している。
頭にでっけぇたんこぶができていた。
「殴ったの?」
「ご心配なく。手を汚したくはなかったので、ちゃんと剣の柄で殴りましたから」
いやそんな心配はしてなぁ~い……。
というか気絶してまでそこを責めるの、ほんとやめたげて。さすがに同情を禁じ得ない。
「あ、そっか。すみません、アンフィスバエナが汚れちゃいましたね。柄は地面の雑草でキレイに拭いておきます」
女って残酷ゥ。
あと、宝剣の扱いよ。仮にも魔王の私物なのに。売り飛ばせなくなったらどうしてくれるんだ。
「そういう意味じゃなくてさ。てっきり殺しちまいそうだなって思ってたから」
「だって先ほど彼らに、無様に気絶させる、と言ったのはラドでしょう。ほら、見てください。うつ伏せでお尻立てて気絶ですよ。ちゃんと無様にさせましたから」
眠そうな顔で律儀、且つ、むごいことを言う。
「……ああ、うん……。ありがとう……。芸術的だ……」
「どういたしまして」
確かに言った気がするけども、ものの例えってーのを知らないのかな? それとも、慰み者がよほど効いたのか。
ま、こんな半端者の慰み者呼ばわりされたら、さすがに腹も立つってもんか。もういい年頃の乙女だもんな。
「助かるよ。ドルグシンやオフリーを殺しちまったら、ローナが困る。魔王一族に嫁いだって事実がなきゃ、ローナの母ちゃんが殺されちまうからな。俺以外のやつらのところに嫁がされたら何をされるかもわからん。オヤジや兄貴の女の趣味や扱い方なんざ知らんしな」
「嫁ぐ……」
いかん。ものの例えのわからん女だった。
「や、違う。違うぞ。俺に幼女趣味はねえ。とりあえず預かるだけ。表現。例。比喩。ただの」
「さすがにわかってますが?」
じゃあゲスを見るような視線をこっちに向けるなよ。すっごい不安になるだろ。
ちなみに俺はツィリルにも手ェ出していない。
ちょっと前までの俺はただの青臭いくそ真面目なガキで、ツィリルは憧れの綺麗なオネーサンで、到底手の届かない高嶺の花だったから。彼女が配下であることを理由に、命じて手を出すなど論外だと考えていた。
そして今後も出すことはないだろう。
そらあよ、人生二周目ともなりゃ精神がジジイで、ツィリルを見てもオネーサンどころか少女にしか見えなくなっちまった。ましてやローナなんて気分はもう孫世代だ。
我ながら極端から極端に走っちまったもんだ。そのうち適齢の嫁さん捜すのも悪くねえかもな。
そういえば当のローナは……。
視線を回すと、彼女は逃げることも泣くことも笑うことも戦うこともせず、ただ突っ立っていた。
草原に立って、感情のない瞳で俺たちを見ていた。いや、その視線は俺やドルグシンらを通り越し、さらに遠くを眺めるような目だ。
瞳に映るは諦観の念か。
それはそうだろう。どちらが勝っても、自身の運命は似たようなものだ。母は助かり、自身は奴隷となる。そう思っているのだから。何ならさっさと決めてくれってなところか。
俺が嫁ぎ先のひとりだったと知って、さぞや絶望したろうな。
さて、と。
俺はドルグシンへと向き直った。
「早々に不意打ちをかましてくれた割には、行儀良く待ってもくれるじゃねえか」
「オフリー卿とは違い、王族に対する一定の忠義心は未だ持ち合わせておりますゆえ。それと、殿下とレッキアの対話は、なかなかに楽しめるものでした。……少々うらやましい」
そらあ、あのロガビュの側近じゃ息も詰まるだろうよ。
そこは素直に気の毒だ。
「ハッ、盗み聞きとは趣味が――」
「ご冗談を。ここは天下の往来ですぞ」
「う……」
ごもっとも。しかし、ツィリルに対しては容赦はないが、出来損ないとはいえ王族である俺に対しては、多少の敬意を持ってくれているということらしい。
でっけえお世話だ。やりにくくなっちまう。
「ただ、少々オイタが過ぎますな、坊ちゃん」
ドルグシンの全身から魔力が立ち上る。目を凝らせば、やつの両足に魔力が流れ込んでいくのが見える。魔力の可視化は魔人ではなく人間側の特性だが、こういうときには半身が役立つ。
こりゃ間違いねえな、付与だ。厄介だぞ。
そう確信を得た直後にはもう、やつの巨体は陽炎のように消失していた。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
明日で完結予定です。




