非モテ
オフリーが小指で耳をかっぽじりながら、ニヤけ面で問い返す。
「んん? 最近耳が悪くなったのかな? 何を仰っておられるのか、このオフリーめにはまるでわかりませんなあ! お声が小さいのでは?」
「いや、頭だっつってんだろ!?」
「んんんん? 聞こえませぬなあ?」
この野郎。ぶっ殺してやる。
俺の頭頂部に手刀が打ち下ろされた。
ツィリルだ。
「冷静になってください。挑発には乗らない」
「おぉん? 全然乗ってねえですけどォ?」
「乗ってました。もう片足まで乗せてました。目が怖いです。どこが人生二周目の大人ですか」
ぐ……っ。小娘に諫められた。
確かにちょっとだけ、小指の爪の先くらいは自分を見失ってたかも。うん。落ち着いたぞ。
ドルグシンがオフリーを片手で制してこちらに視線を向ける。
「失礼ながらラドルファス殿下。貴公も誇り高き魔族ならば、自らの力で報酬を受け取られてはいかがか。聞けば竜の閨の戦いでは友軍の指揮をかき乱し、敗戦に導いたそうではありませぬか」
世の中ぁ、どいつもこいつも自分の見てえもんしか見えてねえバカばかりだ。どうせ俺が何を言ったところで信じやしねえ。
「このドルグシンめがドゥール平原の戦場に赴いてさえおれば、そのような事態には決してさせなかったのですが。残念です」
魔王城じゃ、元々誰も俺を王子だとは認めてねえからな。オヤジも兄貴もそれを咎めもしねえ。口を開けば、おまえも魔族なら己の力で示せ、ばっかりだ。
いい加減耳たこだぜ。
ちょうどいい。やつらの顔面ぶん殴る理由がほしかったところだ。
「対し我らが主ロガビュ殿下は難敵賢者アイオールの一軍を撤退に追い込んだ。その褒美を掠め取られては、ご自身の面目すらも立ちますまい。もう少し矜持というものをもたれてはいかがか」
う~ん、ドルグシンのこの特級真面目バカがよォ。せめてオフリーみてえに憎まれ口叩くわかりやすい小悪党だったらよかったんだが。
ローナを連れ帰ったらてめえらの命も消し飛ぶんだぜ、と懇切丁寧に教えてやりてえところではあるが、ぐっと堪える。
そらもう理由はひとつよ。
ぶん殴った方が気持ちいいからだ。
あとおまけ。んなことを話したら、やつらは魔術陣を消すためにローナの腹まで破りかねん。命令通り、魔王城に連れ帰るのは死体になったローナだ。
だから――。
俺は二体の魔人を挑発するように、口を尖らせる。
「うるっせえなァ。んじゃ、おめえらが無様に気絶する前に言っとくぜ。手ぶらで帰ってオヤジや兄貴にこう泣きつきな。ボクちゃんたちがと~っても弱かったばっかりにィ、若くて強くて格好いいラドルファス殿下様に大切な人質を奪われちゃいましたぁグスン……ってな」
「――ッ」
ドルグシンは呆れたように首を振りながらため息をついたが、オフリーの表情はみるみるうちに変化した。
「我らを愚弄するかッ!! 半端者がッ!! おまえが王族だからとて容赦はせぬぞッ!!」
「わははっ、いまの聞いたか、ツィリル? 坊ちゃんから半端者に昇格したぜ!」
ツィリルが無表情でパチパチと心ない拍手をする。
「わあ、おめでとうございます、殿下。ついに粗野で臭いオフリー卿からも認められましたね」
オフリーが顔面を真っ赤に染めて剣を抜く。
ツィリルからの悪口の方が利くらしい。女子ってずるい。
「どうせこの出来損ないは王からも我らが主からも同族と認められてはいない! やっちまってもいいだろ、ドルグシン殿! ぶっ殺しちまって、竜の閨でくたばってたって報告すりゃ問題ねえよ!」
俺は両腕を交叉して魔剣アンフィスバエナを抜剣し、片方をツィリルに投げて渡した。
二対一組、まるで俺たちのようだ。
ツィリルはそれを両手で受け取り、何度か振るってから、オフリーの方へと切っ先を向ける。
「ツィリル、オフリーの相手をして差し上げろ」
「了解いたしました。あの方は下品ですから、どちらかと言えばドルグシン卿の方がタイプだったのですが」
「わはははっ、贅沢言うな。俺は? 俺はどう?」
「論外です」
俺が悲しい表情を浮かべた頃にはもう、オフリーの顔面に先ほど以上の青筋が浮いていた。
顔面が真っ赤だ。
俺以外の全員から膨大な魔力が立ち上った。俺は微量だよ。量じゃかなり劣る。だが、問題ねえ。そんなもんはいつものこと。戦場でだってそうだ。そしていつだって生き残ってきた。
「ツィリル、念のために言っとくが殺すなよ~?」
「え? だめなんですか?」
わざと聞こえるようにそう言ってやった瞬間、気の短えオフリーの野郎が抜剣しながら地を蹴った。ツィリルの方へとだ。蹴られた大地が爆ぜる。
オフリーは数千を指揮する魔将軍の地位にいる。力量至上主義の魔人族において、当然、やつらは並の魔人ではない。
ゆえの地位、爵位だ。オフリーは伯爵、ドルグシンに至っては万の兵を指揮する侯爵位を叙爵されている。
「下賤の小娘風情が舐めるなッ!! やれるものならやってみろッ!!」
魔人特有のすさまじい速度。人間族でこの速度域にいるのは、それこそ剣聖や名のある騎士や剣士くらいのものだろう。馬上でのトップスピードを初っぱなから出すようなものだ。
だがその剣聖グロッツメレンに比して、なんとも素直で見やすい直進よ。
ツィリルはいつもの眠たげな半眼で、半身を引いて躱す。オフリーの剣の切っ先は、空を引っ掻くだけ。
暴風のように通り越したオフリーによって、彼女の長い髪だけが後方へと引かれて揺れた。
「舐めるには少々臭いますね。毎日湯浴みはしていますか?」
「……ッ!!」
通り過ぎたオフリーとその場に留まったツィリルが、振り返り様に同時に剣を振った。およそ剣同士とは思えぬほどの轟音が鳴り響き、刃を二本挟んで両者の顔が近づく。
「ぬ……!」
「息も臭い。獣みたい。女性には好かれないでしょう」
俺は思った。
……もう非モテ責めるのはやめたれ、と。
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