俺が娶るわ
魔人ドルグシンはローナの前で片膝をつき、恭しく頭を垂れながらも浪々と言い放つ。
「お迎えにあがりました。アスモラヴァ帝がご息女ローナ・アスモラヴァ様」
まるで威圧をするかのように巨体で見下ろし、有無を言わせぬ口調で、慇懃無礼にだ。
同じくオフリーも、ニヤけた顔で。
「魔王オルロンド様とそのご子息ロガビュ殿下が、ブライローズにてお待ちです」
それだけを告げると、やつらはそうそうに立ち上がり、巨大な掌でローナの細い腕をつかんだ。逃がすまいと。
痛みでローナが顔をしかめた。だが言葉はない。最初から従うつもりだからだ。
「さあ、こちらへ」
どうやら俺やツィリルの監視ではなかったようだ。あるいは兼任していたか。
何にせよドルグシンとオフリーの主目的は、和平の使者となるローナの出迎えだったらしい。ならば森林村や獣王都へと続く道を辿らずに、俺たちと同じルートを進んできたことにも合点がいく。
含み笑いをして、下卑た表情でオフリーがつぶやいた。
「くくく、まだガキなのに気の毒にな。あなた様はこれよりオルロンド家に嫁ぎ、死よりもなおつらい目に遭うでしょうな……ってか。くくく」
「恨むなら愚かな父親アスモラヴァ帝を恨むがいい。これまでの業を水に流し両種族の和平だなどと、片腹痛い。嫁ぐと言っても、貴様は体の良い人質に過ぎん。勘違いした希望など持たん方がいい」
二体の魔人が嘲りながら、ローナに顔を近づける。意味がわかっていないのか、ローナはきょとんとした表情だが。
しかし――。
……陰謀合戦はどうやら人間族の方に一日の長があるようだ。
その娘が魔王城に足を踏み入れた瞬間には、魔都ブライローズは炎に包まれるというのに。そうなりゃ未曾有の大惨事だ。当然、この二体の魔人も助からない。
腕を引かれたローナが、俺とツィリルを振り返ってもう片方の手を振った。無表情で、静かにつぶやいて。
「たすけてくれて、ありがとなー。おぢ。ばいばーい」
そうして二体の魔人とともに歩き出す。連れ去られていく。
このまま行かせりゃ、俺たちの追っ手は十中八九、ローナの命やブライローズとともに消滅する。この先、俺とツィリルが生きてくなら、これほど都合のいい展開はねえ。
仮にオヤジとロガビュが生き延びられたとしても、俺やツィリルの捜索に割く力は確実に削がれるだろう。最高だ。辺境での平和な暮らしが待っている。
理想の人生じゃねえか。なのによ。
俺はガシガシと頭を掻いた。
「ツィリル」
「はい」
なのに……。だめなんだよなあ、こういうの……。
わかってんだよ、賢い生き方じゃねえってことくれえは……。
「本当にいいんだな?」
「慣れてます。そういうところだけ以前の殿下と変わらなくて、むしろ安心しました。というより、行動するならお早く」
「くかかっ、根っこは同じだ。成長後だと思ってくれや」
「それは無理です。殿下はもっと可愛かったので」
きっぱり言うな。
「おまえの方がかわいいよぉ」
「……わたしを口説く必要はないのでは?」
面食らった。そりゃ一体どういう意味だ。
ツィリルが微笑む。
「どうぞ、お命じください。それとも、わたしが彼らより劣るとでもお考えですか?」
「まさか。おまえは俺が育てた最強の魔法使いだ」
「イエス・マイロード」
ドルグシンとオフリー、そしてローナの小さな背中へと向けて――。
「待てよ」
平和にゃ生きられねえなあ。ただ故郷を出るだけでいくつ罪重ねんだよって。くく。
んでも、ローナの命は言うまでもねえ。魔都で暮らす大半の魔族は、魔人であっても戦う術を持たねえ庶民だ。力も魔力もほとんどなく、人間族と大して変わらねえ生き方をしてるやつらも少なくねえ。
そういうやつらをまとめて消し飛ばして、俺はこの先のんきに生きていけるのかっつー話よ。気分悪ィだろ。
誰も本当は腹の底から戦いなんざ望んでねえのよ。魔王と人王以外は。
だから。もう一度呼ぶ。
「命令だ! 待て、ドルグシン、オフリー!」
クソでかいため息をついて、やつらは立ち止まった。そうして隠そうともせず、あからさまに面倒くさそうな表情で振り返る。
俺はブライローズの第三王子だが、半分は人間だ。この国じゃ誰にも愛された記憶なんざねえ。煙たがられてんのさ。家族からも、軍からも、政治屋どもからもだ。
ただひとり、そんな俺に忠誠を誓った変わり者、このツィリル・レッキアを除いてな。
いまさらだ。だからこの二体の魔人の態度や言動だってもう慣れてる。
「そのガキはオルロンド家に嫁ぐんだよなあ?」
ドルグシンが応えた。
「それが何か?」
「だったら、俺にもそいつを自由にする権利ってのがあるんじゃねえの? なんせ俺、第三王子だからな」
今度はドルグシンだけではなく、オフリーまでもが眉をひそめる。
オフリーが顔を半笑いで歪めて吐き捨てた。
「何が言いたいんです、坊ちゃん?」
それは粘つくほどに、舐めた言い方だった。
殿下とすら呼ばれず、坊ちゃん。くく、んなつまんねえ挑発に乗るほど、こちとら若かねえんだよ。
だから俺は顔面に血管を浮かべながら、珍妙に顔を歪めてオフリーを指さす。
「おめえ耳が悪いのか? いや、違うなあ、頭が悪くて言葉が理解できなかったか、オフリー。――命令だ。そのガキ置いてけ。オルロンド家の一員である俺が娶る。何も問題はねえはずだぜ」
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