上書き
誤字指摘ありがとうございます!
腹が立つ。魔族にも人間族に対してもだ。
正直言って、前世の記憶を取り戻しちまった俺にとっては、一族の誰がくたばろうと何の感慨も湧かない。オヤジだろうが兄貴だろうが、好きに狙えばいい。俺を不要と判断した一族がいなくなりゃ、こっから先の安全が確保できる。
魔族に対するいまの帰属意識なんざ、その程度だ。
だが今世で敵性種族になっちまった人間族に対しても、それは変わらねえ。
汚え暗殺の応酬なんぞに、何も理解できてねえ、こんな小さなガキを騙して利用――それも一回で使い潰すようなやり方となりゃなおさらだ。
怒りを通り越して殺意が湧く。
ツィリルが冷たい視線を俺に向けた。
「……どうするんです?」
この質問にはふたつの意味がある。
このまま行かせるか、ここで魔術陣を潰してしまうか、だ。
うまくすりゃ、俺たちを狙う魔王一族を倒すことができる、かもしれない。
けどよぉ……。
「決まってンだろ。魔術陣を破壊する。さすがに民に被害が出るような真似は見過ごせねえ」
ツィリルが安堵の笑みを浮かべた。
「安心しました。反対のことを言っていたら、わたしはあなたを見限るところでした」
「おまえ、俺をなんだと思ってんの? 長い付き合いなのに信じてくれてなかったの?」
「信じていましたが、先日から得体の知れない変な人になってしまわれましたので」
得体の知れない変な人か。前世を思い出した弊害は大きい。別人が混ざったようなもんだから。
俺は少し考えてから、決め顔で彼女を指さした。
「う~ん、正解!」
「そういうところです。まじめな話をしている最中なのに」
わあ、冷たい目ぇしてからに……。
咳払いをひとつする。
とりあえず、こいつの腹の魔術陣は解除しなければ。
察するに、旅の安全が確保できねえ以上、いつ魔都に到着できるか予想するしかないなら時限式はない。魔王一族の生態情報を人間側が保持していての接触式だとしたら、俺が近づいた瞬間にはもう消し飛んでたはずだから、これもない。
そうはなっていないのだとしたら、位置情報での起爆の可能性が最も高い。人間族の古代文字は、魔法や魔術の研究をしていた頃にある程度学んでいる。
俺はその文字列に指を這わせた。
残る傷跡を考えりゃ、消すのは最小限。位置情報と魔力供給だ。
「……ここらへんかな……?」
「えっちだ……。ローナはどうなってしまうのか」
やめてほしい。ツィリルにますます変な目で見られてしまうから。
……ほら、もう。
すでに半眼になっていた。いや、こいつは大体いつも眠そうな半眼か。
視線をローナへと戻す。
あーあー、手足も伸びねえうちにこんな傷を彫り込まれやがって。てめーの娘にする仕打ちじゃねえだろ。嫌ンなるぜ、どっちの世界も。
治癒しても傷跡が残る。そしてその傷跡こそが魔術陣だ。発動阻止はできねえ。描くのではなく彫ったのは、そのためなのだろう。
「上書きするしかねえか」
「灼くんですか?」
「他に方法がねえ。せめて痛みは感じねえように眠らせてからやる。だがここじゃ施術は無理だ。せめて竜血の穢れを洗い流してからじゃねえとな」
とりあえず、裂いたドレスを閉じて超極小の結界魔法で貼り付ける。結界魔法を解けば再び裂けるが、少なくとも見た目は元のドレスに戻った。
俺に扱える魔法の使い道なんてこの程度なんだ。泣けるね。
ローナが額に手を当てて口を開いた。
「か~。ねてるあいだに、いたずらされるのか。こまった」
「しないしない。おまえ、ろくでもないことだけ理解してんな」
しかし、この魔術陣を描いたやつは浅はかだ。
仮に魔都を消し飛ばせる威力だったとしても、魔王や兄貴は生き残る可能性が高い。人間どもは、魔王軍ではなく魔王個人という存在を甘く見過ぎている。
いや、あるいは魔族の民を消し飛ばし、魔族全体を衰退させることが目的か。魔都ブライローズがなくなれば、獣人王も黙ってはいないだろうしな。
何にせよ、ローナひとりの犠牲で魔族全体が揺らぐのであれば……といったところか。
あらためてクソだな。
掌をローナの眼前にかざす――瞬間、ツィリルが俺の肩に手を置いて視線を後方へと向けた。
「ラド」
「――!」
立ち上がり、振り返る。
いつの間に。いつの間にか、遙か後方にいたふたりの監視が近づいてきていた。両者ともに魔人だ。すさまじく攻撃的な魔力を体内から感じ取れる。
あいつは……!
ツィリルが俺の耳元で静かに囁いた。。
「……ドルグシン卿とオフリー卿です……」
兄貴の側近、それぞれ侯爵位と伯爵位だ。魔族ってのは、魔力で爵位が決まる。要するに上位も上位の上澄み魔人てこった。
ああ、クソ、監視にしちゃ贅沢すぎんだろうが、ロガビュめ。
嫌な予感がする。
だが、俺たちがこのまま姿をくらますことを彼らが知っているはずはない。追っ手ではない。あくまでも監視だ。ならばなぜ、この段階になって近づいてきたのか。
まだ、魔族領域を完全に脱するまでは、バレてはならない。
ツィリルが俺の前ではあまり見せない、よそ行きの美しい微笑みを浮かべた。
「これはドルグシン卿にオフリー卿。このようなところにいかがなされましたか?」
「話しかけるな、レッキア。下賤に用はない」
第一王子であれ、第三王子であれ、側近の身分であることに違いはない。だがドルグシン家やオフリー家はツィリルのレッキア家とは違い、上級貴族だ。
対し、ツィリルのレッキア家は俺に仕えることによって下級貴族へと成り上がっただけの庶民にすぎない。人間族で言えば世襲権のない準貴族、騎士爵にあたる。要するに二体の魔人よりはかなり格下になる。
しかも身寄りもなけりゃ家もねえ。俺が彼女の秘めたる魔力に惚れて拾わなきゃ、才覚を持ちながらもツィリルは誰に見いだされることもなく、庶民のままだっただろう。
いくら現状が王族の側近という等しい地位にあろうとも、そういった根源たる差別が消えることはない。
それどころか能力のみで成り上がったツィリルは、むしろオヤジや兄貴の側近連中からは、煙たがられているくらいだ。
出る杭は叩かれる。前世のことわざそのままだな。
もっとも、彼女はそれを表情には出さない。決して。
ゆえに、以降は互いに無視。すれ違うのみ。
二体の魔人はツィリルを通り過ぎ、さらに歩を進めて俺の前――をもあっさりと通り越し、よりにもよってローナの前で片膝をついて頭を垂れたのだった。
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