腹マイト
俺は耳の穴かっぽじって問い返す。
「なんでまた……。あそこ陰気くっせえよぉ? 何なら下水くせえし? こわ~いおぢちゃんもい~っぱいいるんだよぉ?」
「わへいのししゃ? ローナ、よくわからん。でも、王さま、いってこいって。ローナはまおーをろーらくして、かぞくになるんだって」
和平交渉? そんな話は一切聞いていないぞ。それに籠絡だって?
ツィリルに目配せをすると、彼女は首を左右に振った。初耳らしい。
和平の話が出ているなら、彼女は人質か献上物か、そういう類なのだろうか。
辿々しいローナの話を要約すると、こういうことだ。
数年前、現人王であるカミール・アスモラヴァが戯れに市井の女と庶子をなした。それがローナ・アデリール。要するにこのバブだ。
人王は当初こそ認知せず、ローナは庶民として普通に暮らしていたが、長きにわたる戦争に疲弊したカミールは、戦争を終わらせるため、人質として王族の女を魔王一族に嫁がせることにした。ちょうど、捨て石にするのにうってつけの人物が庶子にいたのを思い出したからだ。
つまり、ローナは和平交渉の人質として、魔王一族の誰かに嫁ぎにきた。
だがその旅の途中で馬車が魔物だか竜だかに襲われてしまい、気づけば従者も護衛の騎士もいなくなっていたらしい。おそらく庶子ゆえに早々に見捨てられたのだろう。
まるで俺の今世での人生を振り返っているかのような話だ。
こいつと俺は境遇が似ている。
同じことを考えたのか、ツィリルのローナを見る目に哀れみが見えた。
「どうして逃げなかったの?」
「おかーさんが、王さまにつれていかれたから。ローナがにげたら、ローナのかわりにおかーさんが王さまに、ころされるんだって。それはいやだー」
フンスと鼻息を荒くして。
「ローナだけが、おかーさんを、たすけられるんだって」
敵国に人質に行かせるために、自国民を人質に取ったのか。
人王はもうめちゃくちゃだな。むごいことをする。
むごい……こと……。
ツィリルが顔をしかめて吐き捨てた。
「なんてことを……」
「待て、ツィリル……。……その話、まだ続きがあるかもしれん……」
人間族は大地や自然から魔素を得て魔術を使う。ちなみに俺は半分人間だが、もう半分が魔人なせいもあってか、人間族の魔術師のように植物や動物から魔素を吸収しようとすると肉体に阻害される。
それはさておきだ。俺は先ほどから、ローナから不自然な魔力の流れを感知し続けている。
人間が魔術を使うのはもちろん、自然界から魔素を吸収できるようになるには、かなりの座学が必要と聞く。そしてこのガキはまだ五歳六歳のバブだ。魔術なんて使えるわけがねえ。にもかかわらず、こいつは魔素を吸収し続けている。それはいまも。
すでに体内には膨大な魔力が渦巻いているにもかかわらずだ。
ツィリルは純血の魔人だから気づいちゃいない……が、こいつはとんでもねえ陰謀に繋がってやがるかもしれねえ。
「ちっとすまん」
俺はローナの前にしゃがみ込み、凹凸のない胴体。ドレスの腹部あたりを両手で軽く引き裂いた。血まみれの服の下から、白く淡い肌があらわになる。
ローナがつぶやく。
「うわー、えっちだ。しまったぁ。やっぱりキケンなおぢだったか」
棒読みだな、おい。
慌ててツィリルが俺からローナを引き剥がす。
「ちょっとラド!? あなた何をしているんです……か?」
ツィリルの言葉が途切れた。
赤い瞳の瞳孔が開かれ、ローナの腹を凝視している。五重の円に古代文字がいくつも記されたような――ミミズ腫れの傷跡をだ。
刃物で彫り込まれたような痛々しい痕跡に、思わず顔をしかめる。
「なんですか……これ……。……魔方……陣……?」
「たびのあんぜん。ローナのことまもるやつだって、王さまいってた」
……出鱈目だな。
俺はツィリルに耳打ちをした。
「魔方陣じゃねえ。人間の使う魔術陣だ」
「……読めるんですか?」
「だてに躍起になって魔法や魔術の研究に打ち込んでたわけじゃねえからな」
魔族の魔法はもちろんのこと、己の力として扱えるなら人間族の魔術でもよかった。前世を思い出す前の俺は、とにかくオヤジに認められようとして力に飢えていたから。
だから、わかる――。
ローナの腹に傷跡として彫り込まれた魔術陣が、何を示しているのか。
魔王城の、それも魔王一族への献上物とあらば、この読みに間違いはねえだろう。
ああ、腹が立つ。むかつくぜ。何が旅の安全祈願だ。
「魔族も大概だが、人間族も負けず劣らず、汚えまねをしやがる……ッ」
俺は前髪を握りつぶして吐き捨てた。
――爆破の魔術陣だ。
それもこの魔力量。魔王城を、いや、魔都ブライローズをまるごと消し飛ばすような威力の。
旅の間中、常に吸収され続けてきた魔力は膨大だ。この娘は、自分の腹にとてつもねえ威力の爆弾を巻かれていた。
おなじみ、戦争で使われる最低最悪の暗殺手段ってやつだ。
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