えんがちょ切った
どうしよう。いくら人間族が敵っつったってバブちゃんだしなあ。そもそも転生して四十年あまりを魔人として生きたとはいえ、俺も元々人間だ。
放っとくわけにもいかねえ。
「あー、竜の閨にいる人間軍んとこまで届ける?」
「そう……ですね。どうせわたしたちはもう魔族領域には戻れませんし、それでよいと思います。ただ見つかると厄介なので、人間たちに押しつけたらさっさと逃げましょう。近くにポイってするくらいなら平気でしょうし」
てっきり人間なんて放っておけばいいと言い出すかと思ったが。
「おまえのそういう適当なところ、結構好きだわ、俺」
「知ってます」
「……なんかこう、もうちょっと照れるとかないの? いま好きとか言ったよ? 普通あるだろ~?」
「いまさらありませんね」
「ほら、尊敬がいつの間にか愛に変――」
「その前提がすでにありませんね」
ないか。こんなバブちゃんでも見つめりゃ照れるのに。
まあ、俺がまだこのガキくらいの大きさだった頃から、ツィリルはもういまと変わらねえ姿だったしな。前世のせいで精神年齢は追い越しちまっても、ツィリルにとっちゃ俺はガキなのかもしれねえ。
しかしこうなってくると、俺とツィリルが逃げ出しやしないかと尾行してきている見張りが面倒だ。やつらはいまも距離を保ち、俺たちを監視している。このままガキを人間軍に引き渡せば、人間軍と通じていると思われてもおかしくはない。
とはいえだ。
どうせ俺たちはこのまま魔族領域から逃亡する予定だったから、いずれはどこかで撒くか、あるいはぶつかるしかないことに変わりはねえ。
俺はため息をひとつついて、手を差し伸べる。ガキの俺の手を取るのをゆっくり待ってから、そっと立ち上がらせた。
ガキと動物は近づきゃ逃げるもんだ。放っときゃあっちから近づいてくる。
「ほう。しんしだ……」
「そうだよ。実はね、おぢさんはと~っても安全な紳士なんだよぉ」
ツィリルがつぶやく。
「無駄に不安を煽ろうとするのはやめなさい。ほらもう怯えた顔になってるじゃないですか」
「はい」
懐かれたら困るからわざとだ。でも半分は趣味だ。
しっかし……。
あ~あ~、せっかくのドレスが血まみれだ。背中まである髪からも、ポタポタと滴っちまってる。えんがちょ。えんがちょ切った。
「つーわけだ。おまえを人間軍のとこまで連れてってやる。あとはそいつらに親んとこまで連れてってもらえ」
女の子は純粋にまっすぐな瞳で俺を見てつぶやいた。
「それはこまる。いかなきゃならないところがあるからなー」
「うん?」
いまなんつった? 行くとこ? ここは魔族領域だぞ? 気のせいか?
面倒くせえし気のせいだな。
「じゃあ行こうか」
歩き出すも、女の子はついてこない。それどころか、頭の上で短い両手を俺に振ってやがる。
「おたっしゃで~」
なんでやねん!!
俺は駆け戻った。
「なんで!? 父ちゃんや母ちゃんとこに帰りたくねえの!?」
「でもローナ、いくとこあるからなー」
ローナ。それが彼女の名らしい。
俺と視線を合わせたツィリルが両腕を広げて肩をすくめた。
「ローナさんはどこに行くおつもりなんですか?」
「ブライローズのまおーじょー?」
まおーじょー……?
魔王城!?
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