バブちゃん
ほとんど無意識に走り出していた。
懸命にヴィーヴルの顔を押さえている短い両手が、徐々に曲げられていく。鋭い竜の牙が子供の頭部を噛み砕く寸前。
「おお――ッ!」
俺は両の腰から抜いた二対一組の魔剣アンフィスバエナをクロスさせながら、すり抜け様にヴィーヴルの頸部を斬り飛ばしていた。
「うへっ!? マジかよ……!」
驚いたね……!
小型とはいえ、ヴィーヴルは立派な竜だ。騎士の鎧、鋼鉄よりもなお強固な竜鱗で肉体を守っている。それをこうもあっさり斬り飛ばせちまうとは。紙か豆腐でも切ったかのような、手にゃほとんど感触すら残ってねえ。
魔剣アンフィスバエナ――。
さすがは魔王の所有物といったところか。ドたま割ってくれた剣聖へのリベンジも、こいつがありゃ、どうにかなるかもしれん。
くくく、こいつぁさぞや高値で売れるってもんだぜ!
ドサリ、と長え首が草原に落ちる。
ヴィーヴルの眼球は宝石だ。貴重な竜素材。しっかりくり抜いとかねえとな。
落ちた首の付け根からは、デロ~ンと血管が出ていて血が流れていた。
「…………」
グッロ。やっぱ気持ち悪いからツィリルにやってもらおう。そうしよう。あいつは料理とか得意だからイケるだろ。
俺は左右の剣を一振りして刃に付着した血を飛ばし、鞘へと納める。
「わ、わぁぁぁ……!」
とか考えてる場合じゃなかった。
振り返ると、首ナシの竜にのしかかられた少女――いや、幼女が、バシャバシャと流れ出る竜血を地面で浴びながらもがいていた。
俺はヴィーヴルの胴体を足裏で蹴ってひっくり返す。
「よっと」
何やら助かったことに気づいていないらしく、女の子は目を閉じてまだジタバタしていた。
「わあぁぁぁぁ!」
小っせえ。俺の腰あたりまでの身長しかねえ。年齢は……まだ二十もいってねえな。くっそガキじゃねえか。
それにしても……えらい身なりのよい子だ。貴族だろうか。ヴィーヴルの血で真っ赤に染まっちまってはいるが、ドレスを着ている。
しかし、こんな何もない場所で……?
ただの街道だぞ。貴族の館はおろか、宿ひとつない。それどころか、あと半日も歩けば竜の閨だ。
場違いにもほどがある。
「わぁぁぁぁ!」
まぁだやってら……。わちゃわちゃしてひっくり返った虫みてえ……。
しゃあねえ。
「おい、お~い」
俺はペチペチと女の子の頬を指先で叩いた。
「わ?」
「もう大丈夫だぞーって……」
目が開かれる。
きょとんとした表情だ。
瞳の色は空のように青い。髪はヴィーヴルの血で斑な赤になっちまっているが、元々はたぶん金色だな。魔人にしちゃ珍しい色だ。魔人族は大体が黒、茶、赤だからな。
そう、魔人に……しては……。
「んん? んんんんんん?」
俺は顎に手をやって、女の子に顔を近づける。
まじまじと眺めて。
「……えっと……? ……ぅ……」
照れてんのか、血まみれの物騒な格好なのに、顔を隠してもじもじしてやがる。
しかし、こいつぁ妙だぞ。
魔人は体内から魔力を生み出す。だがこの娘は自然界に存在する魔素を吸収し続けているように見える。それも通常では考えられない勢いで。膨大な量を。刻一刻と。
魔力の流れというのは、内から外が魔人。外から内が人間だ。
両者の区別はそれだけ。姿形にはさほど違いはねえ。むろん厳密に言えば、魔力の他にも寿命の長さや筋力差なんかもあるが。
こりゃあ、どう見ても……。
「おいおい、嘘だろ。おまえまさか、人間か?」
「う、うぅ」
戸惑うように、おずおずとうなずいた。
なんでこんなところに人間がいるんだ? 竜の閨が人間族の領地になったとはいえ、入植されたってわけでもねえ。それどころか昨日の今日じゃ砦すら造られちゃいねえだろう。
というか、あんなとこに砦なんざ造ってみろ。あっという間に竜どもの玩具にされちまう。あそこは魔人や人間の住めるような場所じゃあねえ。せいぜい簡易的に陣地を構えられる程度だ。
人魔ともに竜の閨を主戦場としているのは、互いの領地に被害を出させねえためでしかねえ。
「おにーさんは、まじん?」
「ああ、まあ」
前世までは人間だったんだが、んなこと言ってもしょうがねえ。
ツィリルが小走りで駆け寄ってきた。
「平気ですか?」
「全然心配してる態度じゃねえんだが?」
「竜とはいえヴィーヴル程度でしたら、あなたの敵ではないでしょう。まさか一太刀で首を飛ばすとはさすがに思いませんでしたが」
「そうなんだけど。それよかツィリル、こいつ――わかるか?」
同時にガキを眺める。人間のガキを。
戦うための騎士ならともかく、ただの子供。
「かわいいですね」
「そこはどうでもいい。人間だってよ」
「……えっ!? 人間!? なんでこんなところに!?」
意味わかんなすぎだろ。
それに魔人なら二十歳くらいだろうが、人間だとこれ、ええ。
五歳か六歳くらい……? まだバブちゃんじゃねえか。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




