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聖域  作者: 早坂知桜
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第1話 ちーちゃんが現れた日

 その日、北の聖域の大樹に光が差し込んだ。

 風に運ばれる花びらの中に、一人の娘が倒れていた。


 ぼくは思わず駆け寄った。

 白い衣をまとい、まるで花びらのように儚げな姿。

 目を開けた彼女は、きょとんと辺りを見回し、そしてぼくを見た。


「……ここは、どこ?」


 声はかすれていたけれど、澄んでいて優しかった。

 けれどその瞳には、記憶の光がなかった。


「ちーちゃん」

 ぼくは思わず、心の中でそう呼んだ。

 ほんとうはマーシアって名前だって知っている。

 でも、記憶をなくした彼女は、ただの“ちーちゃん”にしか見えなかった。


 ぼくの前に座り込んだちーちゃんは、首をかしげて笑った。

「……かわいい狼さん」


 その笑顔に、胸の奥がぎゅっとなった。


(わかってる。思い出したら、きっとまた遠くへ行ってしまうんだ)

(それでも……今だけは、ぼくのちーちゃんだ)


 その日から、ぼくの世界はすべて“ちーちゃん”で埋め尽くされた。

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