99回目 エルフの隠れ里
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカ
火星の赤い大地に、惑星経済の管理官であるアランの宇宙船が着陸しました。
タラップを降りると、灼熱の砂塵が舞い上がります。
彼は息をのむような光景を目にしました。かつて栄華を極めたはずの巨大な居住ドーム群が、今は朽ち果て、まるで墓標のように静かに立ち並んでいるのです。
彼を迎え入れたのは、旧型のアンドロイドでした。樹脂製の外装は傷だらけで、関節からは時折、甲高いきしむ音が響きます。
アンドロイドは、無表情に一礼すると、「ようこそ管理官」と、機械的な音声で彼を居住ドームへと案内しました。
アランがこの地を訪れたのは、経済監査のためだけではありません。地球からのデータ分析で、放棄されたはずのこのエリアに、不可解な活動の痕跡が認められたからです。
五十年以上前に地下資源採掘の拠点として使われた後、完全に放棄されたはずのこの場所で、計算値と合わないエネルギー消費や、微細な振動パターンが検出されていたのです。
アランはドームの中へと足を踏み入れました。内部はひんやりと冷たく、静寂に包まれています。
かつて、この火星はテラフォーミングによって緑豊かな星へと生まれ変わりました。しかし、それは束の間の栄華。未熟な技術で作られた地磁気は不安定で、テラフォーミングは失敗に終わったのです。
その後、意図せず持ち込まれてしまった強毒性のウィルスのために、数万人いた人口は数千人まで激減しました。挙句、経済活動が立ち行かなくなり、多くの人々が故郷を離れ、火星に残ったのはごく一部の人々だけだったのでした。
アランは、この場所の管理は施設の維持活動に限定され、アンドロイドに任されていると聞かされていました。しかし、彼の目に飛び込んできたのは、予想とは全く違う光景だったのです。
かつて居住区だったはずの空間は、豊かな緑で満たされ、野菜や果物が実っています。そこには、数十人の人間が暮らしていたのでした。
彼らは皆、背が高く、驚くほどに整った容姿をしています。火星の弱い重力と、独自の環境で育まれた結果、彼らは地球の人間とは異なる成長を遂げていたようです。
アランは、彼らの容姿から、地球の人々が時に"エルフ族"と呼んでいたのを思い出したのでした。
彼らは、火星で生まれ育った第二世代ということです。外の世界を知らず、このドームの中での生活がすべてでした。
自給自足の生活を営み、静かに、そして穏やかに暮らす彼らの話に耳を傾けるアランの胸には、静かな感動が広がっていました。
一方で、彼らの表情には、どこか諦めのようなものが漂っているのも見逃せませんでした。彼らは皆、歳を取り過ぎていたのです。彼らの身体は、もう火星の厳しい環境に耐えられなくなってきていたのでした。
そして彼らは、この地で最期を迎えたいと、アランに告げたのです。
アランは、おそらく長くは生きられないであろう彼らの願いを受け入れることにしました。彼が地球に送った報告書に「火星旧居住ドーム、異常なし」と記しておいたことは、エルフの彼らにも秘密です。
ドームを後にし、宇宙船に戻るため外を歩くアランの目に、無数の墓標が映りました。
ドームの外に墓を作ることは、かつての規定で厳しく禁じられていたはずです。しかし、その墓は、彼らが愛した火星の大地に、静かに寄り添うように存在していたのでした。
その光景はアランの心に深く刻まれ、この場所が単なる放棄地ではなく、彼らにとってかけがえのない故郷であったことを知ったのです。
おわり
※低重力の影響で、寿命と、耳もちょっと長いんです。




