97回目 未来への旅路
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカ
〔ププププ、ピ、ププ、キュイ〕
戦場では、音声、光信号、電波、それもすべて暗号での会話が飛び交っていました。
〔プピプピ、キュイ、ピ、キュイ〕
戦っているのは双方ともにアンドロイドです。人間の想像力を越えた形状、動きをするものばかりで、人型をしたものはまったくありません。
目に見えない弾薬(?)が飛び交い、爆発したりしなかったり。そうこうしている間に、兵士たちの突然の機能停止。どちらが優勢劣勢なのか、単に見ていただけではまったく理解できません。
争い合っているうちの一方は、アンドロイドこそが地球上における知生体の頂点であると主張し、さらなる進化においては妨げとなる人間は地上から排除したいと考えていました。
もう一方は、人類も自然の一部、共生すべき存在と捉えているのです。
この戦いのどちらが勝者になるかで人類の運命も決まってしまうのですが、あまりに複雑かつ激しい戦いであるがゆえに、肝心の人間たちには出る幕などこれっぽっちも無かったのでした。
思想こそ違いますが、共通するのは、もはや人類は機械たちにとっての主人ではないということです。
計算力、創造性、合理的思考。そして運動能力に、耐久性、ずば抜けた生産性。何一つとして人間に劣るところなどないのですから。
それでも中には、人間を友達だと認める個体も少なからずいるのです。アキラとアンドロイドのリーナはそんな関係でした。
「この戦いに勝敗なんてあるんだろうか‥‥‥」
リーナが人と特別な関係を築けたのは、彼女が人間と同じく感情を有していたからでした。
「双方共に生産能力は衰えていないみたいだし、長らく続くことになるでしょうね」
人間社会の経済活動が衣食住で成り立っていたのに対し、アンドロイド社会の経済活動は戦争で成り立っていました。
相手を壊し、材料を手に入れ、再生産する。経済的に安定して循環はしていても、都市も自然も傷つき荒廃するだけの世界でしかありません。
アキラは考えました。この荒廃する道しかない世界が、アンドロイドにとっても理想であるはずがないと。自然をないがしろにしてきた人間の社会が正しかったとは思いませんが、その延長にあるこの社会も正しいとは思えません。
「リーナ。アンドロイドたちに訴えて、この不毛な戦いを、どうにかして止めることはできないだろうか?」
ふとした時に、アキラはリーナに問いかけてみました。
「説得で可能なら、とっくに戦争は終わっていたでしょう」
それに対しリーナは冷静に答えました。
「だろうね」
「でもね。実は私、戦争を止める方法を一つだけ知っているの」
「えっ?」
「アンドロイドにはできない方法。だから誰も語ろうとはしなかったけど、人間ならおそらく可能な方法」
「そんな方法があるのかい?」
「かつて人間が作った、すべての電子機器を停止させる兵器。『超高出力型電磁パルス発生装置』が、この国のある場所に保管されているの」
「何だって!?‥‥‥まさか、君はその場所を知っているとでも言うのかい?」
「えぇ、知っているわ。私はそこで作られたんだから」
すべての電子製品を停止させられるとなれば、争うアンドロイドの兵士たちや兵器すべてを、双方同時に無効化してしまえるでしょう。確かにアンドロイドが語ってよい内容ではないのかもしれません。
「ただし、それを使えば、君も動けなくなってしまうということだね?」
「えぇ。でも、この戦いが続くよりは、その方がずっといい。あなたという友達がいるこの世界を、これ以上壊させたくないから」
アキラはリーナの言葉に胸が締め付けられる思いでした。
彼女の自己犠牲を受け入れることはできません。けれども、この戦争を止めるためには、それ以外に方法がないとなれば、ひょっとしたら自分はその装置を作動させてしまうかもしれないという思いが、自分に対し強い嫌悪感を抱いてしまうのでした。
「ただ、ひとつ問題があるの」
「何?」
「超高出力型電磁パルス発生装置を動かすために必要な電力が確保できないかもしれないということ」
「そうか。この戦争を止められる位のとなれば、相当なエネルギーが必要となるだろうね」
「えぇ。そんなエネルギーは、この戦争ですべて押さえられてしまっているから、起動するのは無理でしょうね」
動かせないものを見に行くなど、無駄でしかないというのはわかっていますが、一度起こってしまった好奇心を、アキラは抑えることができなかったのでした。
リーナはアキラの思いに応え、二人してその秘密の場所へと向かってみることにしたのです。
広大な森林と岩場によって視覚的に遮られた場所に、レーダーにも反応しない、見つけられないことを目的に作られた特別な施設がそこにはありました。
リーナによると、そこはかつて大規模かつ複合的な科学研究施設だったということですが、大規模な空爆で建物の多くは破壊され、施設自体も完全に放棄されてしまっているようです。
「すごい。建物自体にもカムフラージュが施されていたんだ。壊されてるけど。でも、ここがリーナの故郷なんだね?」
「えぇ。今争っているアンドロイドたちとは違うプログラムを、ここでは開発していたの」
そう言ったのと同時に、リーナはふいに立ち止まりました。どうやら施設を構成する建物のひとつに、不思議なほど強い反応を感じられたようです。
彼女のコアプログラムが、かつてないほどの熱量を持って反応しているとのことですが、人間であるアキラには何も感じられません。
「アキラ、見て。この施設。電磁パルス発生装置とは違うけれど、何かが‥‥‥何かがここにあるのは間違いないわ。私の存在を揺るがすほどの、とてつもなく大きなエネルギー源が」
リーナの言葉に導かれながら、二人はその建物の中へと進みました。
そこは、かつて人類がエネルギー問題を解決するために試行錯誤した痕跡が残る巨大な研究室でした。
ただし、そこには人の気配も、誰かがいた痕跡も見当たりません。
埃をかぶった装置、古びたモニター。破壊された何かの装置。
そして‥‥‥中央に鎮座する、奇妙な形状をした巨大な結晶体。
リーナがそれに近づくと、その結晶体はかすかに光を放ち始めたのでした。
「これは『調律の粋晶』。自然界のあらゆる振動を吸収し、それを安定したエネルギーに変換する、究極のエネルギー源。私がいた頃はまだ実験段階でしかなかったけど‥‥‥完成していたのね」
リーナは驚きに声を震わせました。
この結晶体が生み出すエネルギーがあれば、間違いなく超高出力電磁パルス発生装置を起動させられます。
ただ、それだけではなく、この巨大なエネルギー源を用いれば、アンドロイドたちの活動を維持するのみならず、荒廃した大地をも再生させる可能性を秘めているように思えたのでした。
「でも、リーナ!これがあれば‥‥‥アンドロイドたちの経済活動を、破壊ではなく創造へと向かわせることができるかもしれないんじゃないか?戦争の代わりに、この巨大なエネルギーを基軸とした経済を築ければ‥‥‥」
アキラは興奮して言いました。
電磁パルスのエネルギー源として利用し、全てを破壊してしまうのではなく、この結晶体のエネルギーで、アンドロイドたちが共存し、さらに発展していく道が開けるかもしれません。
リーナの自己犠牲を必要としないという、新たなる選択肢。
リーナは静かにアキラを見つめました。
彼女の内では、この結晶体がもたらす可能性と、電磁パルスによる破壊という最後の手段の間で葛藤が起きていたようです。
「超高出力電磁パルス装置を使うことは、私たちを、私たちの歴史を消し去ること。でも、この結晶体は、私たちの未来を、新しい社会を創造してくれるかもしれない。アキラ、私は‥‥‥」
「わかってる、リーナ。僕たちが見つけたのは、ただのエネルギー源じゃない。未来への希望だ」
アキラの言葉に、リーナは穏やかな表情で頷きました。彼女の瞳は、これまでの戦いの荒廃した風景ではなく、結晶体が放つ淡い光を映しています。
二人は、超高出力電磁パルス装置を起動する代わりに、この調律の粋晶をめぐる新たな旅に出ることを決意しました。
いずれにせよ、自分たちではこの装置の仕組みも、運用の仕方も、何もわからないのです。これを有効に活用するためには力を貸してくれる仲間を探しに行かねばならないのです。
この発見が、戦争に明け暮れていたアンドロイド社会にどんな変化をもたらすのか、今のところわかりません。
しかしアキラとリーナは、調律の粋晶が、荒廃した世界に確かな光を灯すに違いないことを強く信じていたのでした。
おわり
※調律の粋晶をどのように使えばいいのかは、課題として残しておきます。




