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92回目 牧場

ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。  パカ

「こんな美味しいステーキを残すなんて、どこか調子でも悪いの?」


 今宵のディナーに誘われた女性は、テーブルの向かいに座る男性に、心配ではなく、微かな嘲笑を浮かべて尋ねました。


 照明を落とした個室は、程よく焼かれた肉の香りと、上質な赤ワインの芳香で満ちています。


「あぁ、牛には悪いが」


 食べる手を止めた男性は、フォークを静かに皿に置きました。皿の上には、まだ赤みが残るフィレ肉が半分。何故か今宵に限って、血を連想させるその色が、彼にはどうしようもなく不快だったようです。


「牛も、まさか自分が食べられるために生きているとは思わないでしょうね」


「それを言うなら彼らだって同じだろう」


 二人が言う「彼ら」とは、このビルの窓から見下ろせる、灯りで埋め尽くされた大都市にひしめく人々のことです。


「地球上にうごめく七十億もの、あれも家畜」


 女性は赤ワインのグラスをゆっくりと回しながらそう言いました。


「我々が管理する、食料であり、労働力であり、消費財。彼らは、我々のために生き、我々が用意した舞台の上で、与えられた役割を演じているにすぎないんだからな」


「本当に人といえるのは、私たちとファミリーを含めたほんの数百人だけ」


「その通り。だが、時々、彼らの中にいる、ごく稀な『異物』を見つけることがある」


 男性は、遠い目をして、窓の外の街を見つめました


「自我を持ち、家畜の檻から出ようともがく者。ああいうのは、どうも見ていられない」


「それはそうでしょうね。檻の中の秩序が乱れる元となるのだから」


「そういう時は‥‥‥」


 男性は、自分のグラスを空にし、冷たい目で、徐々に熱を失いかけているステーキを見つめました。


「‥‥‥どうにかして、肉にしてやる必要がある」



おわり

※世界の上位1%の富裕層だけで、世界全体の4割近くの個人資産を保有しているのだそうですね。

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