91回目 お月見
ガチャチャチャ、ガチャチャチャ。ゴトッ。 パカ
「いい月だねぇ」
「うん、いい月だねぇ」
「まったく、いい月だねぇ」
「ほんと、そうだねぇ」
欠けた所のひとつもない月を見上げ、田んぼの端で話をしているのは、畦に穴を掘って暮らしている二匹の野ネズミでした。
「あの雲がちょっと掛かると、また風情が出てくるんだけどねぇ」
「あの雲が掛かってくるといいねぇ」
「いい風が吹いてるからねぇ」
「まったく、いい風だねぇ」
遮るもののない広い田んぼの真ん中を、頭を垂れた稲穂を風が揺らし、さらさらと音を立てては去って行きます。
「いい月に願い事をすると夢が叶うんだって」
「夢が叶うといいねぇ」
「さっきからずっと考えているんだけれど、肝心の夢がなかなか思いつかないんだ」
「それはもったいない話だねぇ。せっかく夢が叶うのに」
「うん、もったいない」
「もったいない」
「君には何か夢があるかい?」
「うーん、どうだろう。そうだ、スズメみたいに飛べたらいいかな」
「それいいね」
「いいね、いいね」
「でも、僕らが飛んでたらすぐトビに見つかっちゃうね」
「捕まるのはやだなぁ」
「やだよね」
「やっぱり飛べなくていいや」
「僕らはネズミだもんね」
「ネズミだもんね」
二匹はコロコロ笑いながら畦の上を駆け出しました。
広い夜の田んぼの畦には、秋の虫の大合唱が響き渡ります。
その中をひとしきり走り回ると、二匹は畦の先にある水路までやって来たのでした。
収穫を控え稲作の役目を終えた水路には、底の方に水が少し溜まるだけとなっています。
「見て。お月さま、あそこにもあるよ」
「ほんとだ」
「お月さまってひとつじゃないんだね」
「そうだね、こんな風にあちこちにあるからきっと淋しくないんだね」
「僕たちみたいだね」
「仲間がたくさんいるからね」
二匹が水たまりに映った月を眺めてていると、風によって運ばれた先程の薄い雲が月を隠し、辺りは少しだけ暗くなりました。
「いい月だねぇ」
「いい月だねぇ」
「雲の仲間はお月さまよりいっぱいいるねぇ」
「僕らみたいだねぇ」
「そうだねぇ」
「お月さまって、いつからあって、いつまであるのかな?」
「僕たちが生まれる前からあって、死んだ後もあるんだろうねぇ」
「死んだ後の事まではわからないからねぇ」
「そうだねぇ」
「僕たちはいつからいて、いつまでいるのかな?」
「いつまでいるんだろうねぇ」
「命があるから生きるているのかなぁ?それとも生きたいから命があるのかなぁ?」
「どっちだろうねぇ」
「ねぇ、僕たちはいつまで一緒にいられるかなぁ」
「ずうっと一緒にいたいよね」
「いたいよね」
「どうしたらいいか、お月さまにして聞いてみない?」
「それはいい考えだねぇ」
「じゃあ、一緒にお願いして聞いてみようか?」
「聞いてみよう、聞いてみよう」
二匹は再び空を見上げると、雲に掛かって少しぼやけた月に向かって手を合わせ、目をしっかり閉じてお願いし始めたのでした。
しばらく目をつぶっていると、心地良い風がさらりと二匹の耳をくすぐりました。同時に月に掛かっていた雲は去り、辺りは再び明るくなったのです。
「ねぇ!今の聞こえた?聞こえた?」
「うん、聞こえた聞こえた」
「お月さまの声、聞こえたね」
「お願い届いたね」
「あははは」
「あははは」
二匹はまた畦を駆け出し、いつ終るともない追いかけっこを始めたのでした。
友情とは、自分の相手に対する気持ち。
喧嘩は互いの関係を昇華させる上で必要なこと。
泣くのも笑うのも同時だから友達なのでしょう。
お月さまがそんな事を教えてくれたのかどうかはわかりませんが、同時に何かを感じられたことが二匹にとっては何より嬉しかったのでした。
おわり
※まぁ、ネズミが言うことですから。




